神話の原資料
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/06/26 03:07 UTC 版)
アイルランド神話にとって主要な写本は3つある。11世紀後半ないし12世紀初頭の『赤牛の書』(愛: Lebor na hUidre)はアイルランド王立アカデミー(英語版)の図書館に所蔵されている。12世紀初頭の『レンスターの書(英語版)』(Book of Leinster)はダブリンのトリニティカレッジ図書館にある。12世紀初頭の『グレンダルフの書(英語版)』(MS Rawlinson B 502)はオックスフォード大学のボドリアン図書館に収蔵されている。これらの年代は写本の作成時期であり、その中身の大半は製本時期よりも古いものとなっている。これらは、全てがアイルランド語で書かれた写本としては、現存する最古のものである。これら写本はアルスター物語群の一部を成している。 その他で重要な資料に、アイルランド西部で14世紀後半または15世紀初頭に書かれた4つの原稿がある。『レカンの黄書(英語版)』『レカンの大書(英語版)』『バリーモートの書(英語版)』である。最初の本はトリニティカレッジに、他の3つは王立アカデミーに収容されている。レカンの黄書は16の章で構成され、フィン・マックールの伝説やアイルランドの聖人伝説、そして『クーリーの牛争い』(愛: Táin Bó Cúailnge)の最初期バージョンを含んでいることで知られる。これはその土地の言葉で記された、ヨーロッパ最古の叙事詩のひとつである。他の15世紀の原稿にも『フェルマイの書(英語版)』などの興味深い素材があり、ジェフリー・キーティング(英語版)の『アイルランド史』(愛: Foras Feasa ar Éirinn、1640年頃)のように後に融合した作品もある。特にこれら後年の編者と著者は、それ以後消失してしまった原稿資料を見聞していた可能性がある。 これらの資料を使う場合、これは常にだが、それらが製作された環境の影響を問うことが重要である。原稿の大半はキリスト教徒の修道士によって作成されたもので、彼らは土着文化を記録したい欲望と エウヘメリズムされた神々の一部をもたらしている異教信仰に対する自分たちの宗教的敵意の間に、葛藤があった可能性がある。後年の資料の多くは、アイルランド国民の歴史を創造するためのプロパガンダを一部形成しているかもしれず、それはジェフリー・オブ・モンマスや他の人によって広められたローマ創設者たち(の神話)からイギリス侵略者の神話的降臨との比較ができよう。また、知られているギリシャの図式や聖書の系譜に合わせて、アイルランドの系譜を再加工する傾向もあった。 中世アイルランド文学は古代ケルト人からの幾世紀にもわたる口頭伝承で、本当の古代の伝統を事実上変わらない形で保持してきたことに、かつては疑いの余地がなかった。ケネス・ジャクソン(英語版)はアルスター物語群を「鉄の時代の窓」と記述し、ギャレット・オルムステッドは、アルスター物語群の叙事詩である『クーリーの牛争い』と、グンデストルップの大釜の図像とを平行(同列)に描こうと試みた。しかしながら、この「ネイティビスト(極端な保護主義)」の立場は、ラテン語学習に伴う古典文学の叙事詩の意図的な模倣においてその多くがキリスト教時代に創作されたと確信する「リビジョニスト(修正主義)」の学者によって異議が唱えられている。 修正主義者は、クーリーの牛争いの中にイーリアスによる影響が明白な小節を示したほか、ダレス・フリギウス(英語版)著『トロイア滅亡史(De excidio Troiae historia)』のアイルランド適応版である『トロイの崩壊』(愛: TogailTroí)の存在がレンスターの書で見つかった。物語の文化素材は、一般的に遠い過去よりも物語構成時期のより近いものを記述している。素材の(内容を鵜呑みにせず、模倣や改作があった前提での)批判的読解を促すコンセンサスが主流となっている。
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