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河瀬真孝

(石川小五郎 から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/08/21 13:31 UTC 版)

河瀬真孝(石川小五郎)

河瀬 真孝(かわせ まさたか、天保11年2月9日1840年3月12日〉- 大正8年〈1919年9月29日[1])は、明治期の日本外交官[2]。はじめ石川新五郎、石川 小五郎(いしかわ こごろう)と称し、のちに河瀬真孝、河瀬安四郎と改名。位階勲等は正二位勲一等、爵位は子爵

生涯

周防国吉敷郡佐山に、長州藩士の子弟として生まれる。萩の明倫館に学ぶ。文久2年(1862年)、先鋒隊に入隊 。文久3年(1863年)の朝陽丸事件での幕府使節団暗殺の首魁とされる。元治元年(1864年)、御楯隊に入隊。禁門の変では、戦死した来島又兵衛の指揮権を引き継いで遊撃隊の指揮を執り、のちに遊撃隊総督となる。慶応元年(1865年)、高杉晋作による功山寺挙兵では、遊撃隊を率いて参加。第二次長州征伐では芸州口を攻撃するなど活躍した。

慶応3年(1867年)、トーマス・ブレーク・グラバーの協力の下イギリスに渡り、明治4年(1871年)まで滞在する。帰国後は工部少輔、ついで侍従長に就任するも、明治6年(1873年)にはイタリアオーストリアに赴任。在任中にヴィンチェンツォ・ラグーザ工部美術学校彫刻科の講師として日本へ招く事に成功している。明治16年(1883年)、司法大輔。明治17年(1884年)より明治26年(1893年)まで公使としてイギリス在住。1887年(明治20年)5月24日、子爵を叙爵。明治27年(1894年)に枢密顧問官となり、死去まで務めた。墓所は青山霊園(1イ3-3)。

栄典・授章・授賞

位階
爵位
勲章等
受章年 略綬 勲章名 備考
1887年(明治20年)11月25日 勲二等旭日重光章[8]
1894年(明治27年)12月26日 勲一等瑞宝章[9]
1901年(明治34年)12月27日 旭日大綬章[10]
1912年大正元年)8月1日 韓国併合記念章[11]
1915年(大正4年)11月10日 大礼記念章[12]
1919年(大正8年)9月29日 旭日桐花大綬章[13]

家族

  • 妻:河瀬 英子…(かわせ ひでこ、1855年 - 1911年)旧名・清。江川英龍二女。明治4年10月、木戸孝允の養女となり、河瀬に嫁いだのち、英子と改名。イギリス赴任中は留学生の世話をし、イタリアでは通訳を介さず国王と会談するなど、賢夫人として知られた[14]
  • 三男:河瀬真(海軍少将、貴族院子爵議員)[15]

脚注

  1. ^ 『官報』第2148号「彙報」1919年10月1日。
  2. ^ 朝日日本歴史人物事典「河瀬真孝」
  3. ^ 『官報』第994号「叙任及辞令」1886年10月21日。
  4. ^ 『官報』第3301号「叙任及辞令」1894年7月2日。
  5. ^ 『官報』第4943号「叙任及辞令」1899年12月21日。
  6. ^ 『官報』第1065号「叙任及辞令」1916年2月22日。
  7. ^ 『官報』第1169号「授爵及辞令」1887年5月25日。
  8. ^ 『官報』第1325号「叙任及辞令」1887年11月28日。
  9. ^ 『官報』第3451号「叙任及辞令」1894年12月27日。
  10. ^ 『官報』第5548号「叙任及辞令」1901年12月28日。
  11. ^ 『官報』第251号・付録「辞令」1913年6月2日。p6
  12. ^ 『官報』第1310号・付録「辞令」1916年12月13日。
  13. ^ 『官報』第2148号「叙任及辞令」1919年10月1日。
  14. ^ 企画展示 侯爵家のアルバム-孝允から幸一にいたる木戸家写真資料-国立歴史民俗博物館
  15. ^ 『平成新修旧華族家系大成』上巻、462頁。

参考文献

公職
先代
(新設)
高等捕獲審検所長官
1894年 - 1895年
次代
(閉鎖→)田中不二麿
先代
細川潤次郎
司法大輔
1883年 - 1884年
次代
岩村通俊
先代
(新設→欠員)
工部少輔
1871年
次代
(欠員→)山尾庸三
日本の爵位
先代
叙爵
子爵
河瀬(真孝)家初代
1887年 - 1919年
次代
河瀬真



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