発達の領域(ウィルバーⅢ)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/21 21:01 UTC 版)
「ケン・ウィルバー」の記事における「発達の領域(ウィルバーⅢ)」の解説
人間の人格的発達について検討しようとするときに、複数の発達領域を認識することが重要となることをケン・ウィルバーは強調する。今日、注目を集めているHoward GardnerのMultiple Intelligence Theoryにも象徴されるように、人間の発達領域をひとつのものとしてとらえ、その発達度を測定することが個人の成長段階の把握を可能とするという発想には、修正がくわえられはじめている(例えば、"IQ"に対する相補的な概念として"EQ"というものが提唱されはじめていることは、こうした動向の端的なあらわれといえるだろう)。これまでに使用されてきた視点(測定方法)の価値を認識したうえで、しかし、それでは十全にとらえられない人間存在の他領域を認識・尊重することをとおして、はじめて人間性の包括的な理解に近づくことができるという姿勢は、ウィルバーのインテグラル理論の非常に重要な構成要素である。 具体的な発達領域(Lines of Development)の代表的なものとして、例えば、この領域における代表的研究者であるHoward Gardner (1983/1993) は、下記のものを挙げている。 言語(Linguistic Intelligence) 音楽(Musical Intelligence) 論理・数学(logical-mathematical) 空間感覚(Spatial Intelligence) 身体・運動(Bodily-Kinesthetic Intelligence) 自己(Personal Intelligence―intrapersonalとinterpersonal) また、その後の調査にもとづき、Gardner (1999) は下記の2つをくわえている。 自然(Naturalist Intelligence) 実存(Existential Intelligence) 留意するべきことは、これらの発達領域が、ある程度の自律性を保ちながら、個人のなかに並存しているということである。それぞれの発達領域は、独自の「介入」――「支援」(support)と「挑戦」(challenge)――を必要としながら、独自のダイナミズムにもとづいて段階的に成長をするのである。 また、人間がこうした自律的に展開する複数の領域を内包する存在であるということは、必然的に、個人の存在をあるひとつの発達段階に成立するものとして定義することが不可能であることを示唆する。 ただ、複数の発達領域の存在を認識するとは、必ずしも、それらの発達領域を列記することではない。同時に重要となるのは、並存する発達領域がどのような相互関係にあるのかということについて検討することである。例えば、その問題について検討をするうえで、下記のような質問が想起されるだろう。 ある発達領域における課題・問題に取り組むうえで、どの並存する発達領域に働きかけることにより、成長(治療)を効果的に促進できるのか? ある発達領域における課題・問題を克服することができるまえに、まず、どの並存する発達領域において成長(治癒)が実現する必要があるのか? 人間の複雑性を認識・尊重したところに発せられるこうした問題意識の背景には、関係性というものへの感覚(認識)が存在する。こうした感覚は、今日のように、ある課題・問題に取り組むうえで、複数の方法を統合的に活用することの有効性が広範に認識されはじめている現代という時代において、とりわけ重要になることはいうまでもない。 ここで、ウィルバーは、これらの並存する発達領域をひとつの人格の構成要素としてまとめる意識の統合機能(integrative capacity of the psyche)に注目する。これは、人格の内部に存在する諸々の能力を自己(identity)の重要な構成要素として抱擁する機能と形容できるものである。結果として、ある能力は自己の構成要素として重視されることになり、また、ある機能は自己の構成要素として放擲されることになる。こうした「取捨選択」の「判断」にもとづいて、自己の内部に存在する諸能力を整合性をもつ組織(self-system)として束ねる機能をウィルバーは意識の統合機能と形容するのである。その意味では、こうした領域は、人間の主体(subjectivity)のよりどころとして、とりわけ重要となる発達領域であるといえるだろう。つまり、これこそが、「意識の進化の中枢にあるものなのである」(Wilber, 2000, p. 35)。 この機能は、(自他識別機能・意味構築機能等)人間の根源的な精神機能を可能とする認知能力(cognitive capacity)として、発達心理学により綿密に研究されてきたものである。インテグラル思想においては、人間の意識体験の基盤に存在する「自己感覚」("the proximate self-sense")と形容されている。 ウィルバーは、認知能力の発達度は、他の発達領域における成長の可能性を設定するものとして、とりわけ重要となると指摘する。例えば倫理(morality)(Carol Gilligan)や信仰(faith)(James Fowler)等の領域における発達は、認知能力の発達段階を超えるかたちでは、展開しえないという。つまり、認知能力の発達度とは、これら他領域における発達の上限を設定するのである。その意味では、倫理や信仰の領域における成長を実現するためには、こうした認知能力の成熟が非常に重要となるといえるだろう。 因みに、トランスパーソナル研究において強調される「個を超えることができる前に、まず、個を構築しなければならない」("You have to be somebody before you can be nobody")(Jack Engler in Wilber, 1997, p. 353)という洞察は、あくまでも、人間の主体(subjectivity)のよりどころとして機能する認知能力(cognitive capacity)というひとつの発達領域についてのみあてはまるものである。上記の洞察が人間存在のどの領域にあてはまるものであるのかを明確化することなしに、その妥当性について検討をするのは無意味である。 尚、上記と関連する主題である、並存する意識の3領域――"Frontal Line"・"Soul Line"・"Causal Line"――については、「統合心理学への道」(The Eye of Spirit)を参照していただきたい。また、人間の意識成長について検討するうえで、「発達段階」("stages")・「発達領域」("lines")とともに重要となる意識状態("states")・性格タイプ("types")については、『統合心理学』(Integral Psychology)を参照していただきたい。
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