本格長編の黄金時代
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/12 00:09 UTC 版)
短編中心だった推理小説の世界は、1913年にE・C・ベントリーが、長編「トレント最後の事件」でミステリに恋愛要素を盛り込んだ趣向の作品を発表すると、多くの作家により長編推理小説の名作が次々と発表され、のちに「黄金時代」と呼ばれる長編全盛期を迎えた。 アール・デア・ビガーズは1925年に長編「鍵のない家」を発表。中国人探偵チャーリー・チャンは、ケイ・ルークの当たり役となった数十本の映画や、新聞の連続漫画にも登場する人気を獲得した。「ノックスの十戒」で有名なロナルド・ノックスは、保険会社の事件調査員という珍しい設定のマイルズ・ブリードンを探偵役に起用した。 アガサ・クリスティの『オリエント急行の殺人』における旅客列車の車両内、『そして誰もいなくなった』の孤島、『大空の死』の旅客機といった「クローズド・サークル(閉ざされた空間)もの」、ヴァン・ダインの『僧正殺人事件』の「見立て殺人」、エラリー・クイーンの『Xの悲劇』から始まる「ダイイング・メッセージ(死に際の伝言)」、ディクスン・カーが得意とする『三つの棺』に代表される「密室もの」および、『深夜の密使』から書き始められた一連の、過去を舞台にした「歴史ミステリ」など様々なジャンルの長編推理小説が発表され、「本格」「フーダニット(犯人当て)」「パズラー」等と称される傑作群が続いた。 ヴァン・ダイン、カー、クイーンにはラジオ・ドラマ脚本も多く、日本でも20世紀末までFEN(米軍放送ラジオ)の平日番組「Radio Mystery Theater」(E・G・マーシャル)で過去の放送が聴取できた(カーの「B13号船室」は特に有名で複数の出版社から英語の学習教材としても出版された)。 カーの『髑髏城』は、本格ものでは珍しくドイツを舞台にした長編である。ジョルジオ・シェルバネンコ (Giorgio Scerbanenco )の長編『傷ついた女神』はイタリアが舞台になっている。ヤーン・エクストレムは「スウェーデンのカー」とも呼ばれ、『誕生パーティの17人』『うなぎの罠』ほか密室殺人を扱った作品が多い。クロフツの「フローテ公園の殺人」は、南アフリカでの事件を扱っている。トマス・S・ストリブリングのイタリア系心理学者・ポジオリ教授ものは、キュラソー、ハイチ、 ヴァージン諸島などカリブ海諸国を歴訪し、事件に遭遇する(読者でも気付くトリックに教授が最後まで解らなかったり、殺人者が逃亡してしまうなど、教授の敗北に終わる中編が複数ある)。 クリスティには「うぐいす荘(ナイチンゲール荘)」のようなスリラー作品もある。彼女の「パーカー・パイン」の初期短編は、コンゲームものの古典ともいわれる。イーデン・フィルポッツはクリスティの隣家に住んでおり、種々の助言をしたという。フィルポッツは58歳で推理小説を書き始め、98歳の「老将の回想」(There Was an Old Man )まで推理長編 を執筆し続けた。ドロシー・セイヤーズにも「疑惑」というホラー短編がある。 フィルポッツとは対照的なのがジェイムズ・ヤッフェで、15歳の時に短編「不可能犯罪課」を発表し、3年後の「喜歌劇殺人事件」まで連作短編6作品を書いた。長編は「メサグランテのママ」シリーズがある。ティモシー・フラーも、ハーバード大学在学中に21歳で「ハーバード大学殺人事件」で作家デビュー。探偵役ジュピター・ジョーンズが、主に同大学やその同窓会で起きた事件を解決するシリーズになっている。女性二人の合同ペンネームであるロジャー・スカーレットはミステリ作家としての活動期間が短く寡作ながら、江戸川乱歩が高く評価し「エンジェル家の殺人」を翻案している。 ルーパート・ペニー(Rupert Penny )は「おしゃべりな警官」から始まるビール主任警部もの8長編に、クイーンを思わせるような「読者への挑戦状」を挿入した。「オベリスト三部作」のチャールズ・デイリー・キング(Charles Daly King )は『海のオベリスト』で「探偵役が登場人物のうち誰か判らない」、『空のオベリスト』で「シリーズ探偵が事件解決に失敗する」という工夫を見せているほか、長編の巻末に「手がかり索引」を置き事件を振り返ることができる。
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