形式と構成
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/15 04:39 UTC 版)
ムーアの作品は緻密な構成が特徴で、自身でも特にキャリア初期には構成のフェティシストだったと語っている。代表作『ウォッチメン』についても、スーパーヒーローの脱構築というアイディアではなく、その精緻な構成こそが最大の美点だという。未刊の大作 Big Numbers(1990年)は特に入念に構成が練られており、40人に及ぶ登場人物がそれぞれ12号にわたって展開するプロットを巨大な表にまとめて管理していた。プロデビューから数年後に書いたコミック原作の指南書 On Writing for Comics(1985年)では自身が用いた構成のパターンをいくつか紹介しており、その中でも作品を均整にまとめる「結末と冒頭が何らかの要素でつながっている円環的な構成」を多用していると述べている。形式上のシンメトリーへのこだわりも強く、コマ割りのシンメトリーを前面に出して高評価を得た『ウォッチメン』第5号「恐怖の対称形」は、冒頭からの1ページ目、2ページ目…が最後から1ページ目、2ページ目…の鏡像となっている。批評家ダグラス・ウォークによると、ムーアの遊びのない構成は読んでいて息が詰まるほどだが、ジャンルや物語構造の定型を覆して読者の予想を裏切っていく作風がそれを緩和させている。ただし構成についての考え方はキャリアを積むにつれて変わり、アメリカズ・ベスト・コミックス期にはプロットの完成度よりも即興のアイディアを重視するようになっていた。かつてのこだわりが「低級な」ジャンルで知的な作品を作ろうという気負いの産物だったと語ったこともある。 ムーアのコマ割りは技巧的で、テーマやプロットではなく純粋にテクニック的な仕掛けや、コマ進行の方法の思いつきから一つの作品が生まれることもあるという。コマ間の移動ではコントラストや反復が強く意識されている。次のシーンに移るタイミングでは、読者のストーリーへの没入が途切れないように、前のシーンのセリフの一部を次のシーンにオーバーラップさせたり、図像や色彩を引き継がせたりといったテクニックが使われている。特に『ウォッチメン』で顕著である。ただしムーアはこれらがすぐにクリシェ化したと考え、以降の作品では多用していない。 コマの中には膨大な情報が描きこまれている。『ウォッチメン』の冒頭第1コマは「血に染まった街路にスマイリーバッジが落ちている」というだけの構図だが、原作スクリプトでその部分の説明は日本語にして1500字を超えていた。丸いバッジに血で描かれた時計の針は真夜中の5分前を指している。これは『ウォッチメン』全編に散りばめられた終末時計のメタファーの一つ目である。時計やカウントダウンのイメージは作品の随所に偶然のように置かれており、バッジそのものも後のシーンで小道具として使われる。このような、危うく見過ごしてしまうようなディテールを完全にコントロールするのがムーアのやり方だった。さらにDC離脱以降の非ヒーロー作品では、細部の描写を支えるために徹底的な文献調査を行うようになった。作品の舞台となる時代や社会を遥かな高みから俯瞰できるようになるまで広範な調査を行うことで、一つ一つの些細なディテールに正しい役割を持たせられるのだという。 多くのイメージが織りなすパターンや、偶然の絡み合いによる多重構造のストーリーはムーアが好んで用いたもので、カオス理論と数学的構造をモチーフにした Big Numbers はその代表といえる。同作では偶然のパターンそれ自体がテーマの一つとなっており、ストーリーが進み作中でカオス理論が解説されるにつれて、物語の冒頭から何度も登場していたフラクタルパターンの図像が読者の中で大きな意味を持ち始めるように構成されていた。 絵と言葉で相反する内容、もしくは一見無関係な内容を伝え、それによって重層的な意味を生み出すアイロニックな対位は特徴的な技法である。対位や並置はテーマのレイヤーでも見られる。On Writing for Comics では、自作「他に何を望もう」の結末を例に取って「夢から現実に戻った主人公/白日夢に陥るヴィラン」の対位を置いたと書いている。また文章表現のテクニックとして、美しい夕暮れを「リストカットの血」のような陰鬱なイメージの言葉だけで描写した自作品を挙げてその二つの感覚を並置させると刺激的で心地よく感じられたと述べている。
※この「形式と構成」の解説は、「アラン・ムーア」の解説の一部です。
「形式と構成」を含む「アラン・ムーア」の記事については、「アラン・ムーア」の概要を参照ください。
- 形式と構成のページへのリンク