弦理論以前
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/11 15:23 UTC 版)
S行列理論 弦理論はヴェルナー・ハイゼンベルクによって1943年に始められた研究プログラムに由来している。そのプログラムはS行列理論と呼ばれ、物理法則を根本的に考えなおすものであった。この理論は、1950年代から1960年代に渡って著名な理論家たちによって支持され発展を見せたが、1970年代に評価が薄れ、1980年代に研究は途絶えた。いくつかのアイデアは根本的に間違っており、量子色力学が強い相互作用を説明する理論として取って代わったため、この理論は現在は使われていない。 1940年代までに陽子および中性子は電子のような点様粒子ではないことが明らかになっていた。それら粒子の磁気モーメントはスピン-1/2 のチャージを持つ点様粒子のものとは大きく異なっていて、この違いは小さな摂動が原因と考えるには大きすぎた。それらの粒子間の相互作用は非常に強かったので、その散乱特性は点様ではなく小さな球体のような振る舞いをした。ハイゼンベルクは強い相互作用をする粒子は事実上広がりを持つ物体であると提唱し、広がりのある相対論的粒子については物理法則の適用に困難があるため、彼は時空点の観念は原子核スケールでは成立しないとすることを提案した。 しかし、時空の仮定なしに物理理論を形式化することは困難である。ハイゼンベルクは、この問題に対する解決策は実験によって計測される観測可能な量に焦点を当てることであると考えた。もしミクロな物理量を古典的な検出素子に転送できるなら、実験はミクロな量しか観測しない。異なる運動量状態の量子重ね合わせが無限大に発散する物体は安定な粒子である。 ハイゼンベルクは、時空が信頼できないときでさえ、実験と無関係に定義される運動量状態の概念は依然として機能するとした。彼が根本的であると定義した物理量は入射する粒子集団(散乱前)が反射した粒子集団(散乱後)へと変化する量子力学的な振幅(散乱振幅:反応の起こりやすさ)であり、彼はその間にどんな段階も存在しないとした。 S行列は散乱前の粒子の重ね合わせがどのように散乱後の粒子に変化するかの遷移状態を記述する。ハイゼンベルクはS行列を直接研究することで時空の構造についてはどんな仮定もしないでおくことを提案した。しかし、中間的な段階なしに一段階で遠い過去から遠い未来への遷移が起こるとき、どんな量も計算することが困難となる。場の量子論において、その中間的な段階は場のゆらぎまたは等価な仮想粒子のゆらぎである。この提案されたS行列理論では、局所的な量は一切存在しない。 ハイゼンベルクはS行列を決定するためにユニタリ作用素を用いることを提案した。このとき考えうる全ての状況において、振幅の二乗の総和は1となる。場の量子論において、基本的な相互作用が与えられると、この性質を用いて摂動級数によって順々に振幅を決定することができる。しかし、多くの場の量子論において、その振幅は高エネルギーへ急速に増加するためユニタリS行列を作ることができない。ユニタリティは散乱を決定するのに高エネルギーの振る舞いに関する余分な仮定を必要としたため、この提案はあまり注目されなかった。 ハイゼンベルクの提案は1950年代後半になって、ヘンリク・クラマースおよびラルフ・クローニッヒによって発見されたような分散関係が形式化されるべき因果律の考えを許容するということが認識されてきたことで、再び注目を浴びることになった。因果律とはすなわち、ミクロのスケールでは過去と未来の観念が明確に定義されていないとしても、未来の出来事が過去の出来事に対して影響を及ぼさないであろうという観念である。その分散関係はS行列の解析的性質であり、それらの性質はユニタリティ単独から得られる条件よりも厳しいものであった。 この方法の著名な賛同者はStanley Mandelstam (en) およびジェフリー・チュー (en) であった。Mandelstamは新しい強力な解析形式である二重分散関係を1958年に発見し、これが解決困難な強い相互作用における発展の鍵となるだろうと考えた。 くりこみ理論 ニュートン以来の質点の概念をそのまま用いて場の量子論を取り扱う場合、しばしば無限大の発散による困難を伴う。この問題に対して、朝永-シュウィンガー-ファインマンらがそれぞれ独立に、くりこみ理論によってこの発散を防ぐ技法を創出し、点粒子のままでの電磁力場の量子論的計算を可能にした。これ以後も弱い相互作用、強い相互作用にくりこみ理論を適用する数学的技法が見い出され、点粒子による表現はその後も継続されることとなった。
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