室町幕府の終焉とは? わかりやすく解説

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室町幕府の終焉

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/17 22:06 UTC 版)

庄氏」の記事における「室町幕府の終焉」の解説

天正2年1574年)、将軍義昭織田信長との抗争敗れ毛利氏頼り備後の鞆に座すと、信長討伐令を各地放った毛利氏織田氏対立し備中を巡る情勢にもまた変化表れた浦上宗景信長にその地位保全されていたが、主家対立深めた宇喜多直家は、毛利氏講和求めると宗景に反旗を翻した信長浦上家中の内紛として、毛利氏仲介期待したようでもあるが、毛利氏積極的に直家を支援した。この状況宇喜多氏遺恨のある三村元親は、織田氏勧誘を受け、結果的に同盟者入れ替わり生じた直後毛利氏中島大炊助から三村元親謀反のしらせを受けると、小早川隆景討伐軍の大将として、同年11月10日笠岡城出陣した。そして総大将毛利輝元小田に陣を布き、ここに備中兵乱称される毛利氏三村氏の戦が始まった毛利氏宇喜多氏協力して三村勢の諸城攻め12月には猿掛城包囲し落城させると、毛利氏に従っていた三村親成案内国吉城天正3年1575年1月1日落城させ、ついで鶴首城攻め落とした天正3年6月2日、ついに三村元親自刃し、備中に覇を唱えた三村氏滅んだ。 そして浦上政宗の孫・浦上久松丸擁立した宇喜多直家は、勢い乗じて浦上宗景天神山城から播磨放逐し事実上下克上行ったこの後備中国では、高梁川を境に東を宇喜多領とし、西を毛利領としたのである尼子宇喜多側として没落憂き目にあった庄氏一門であったが、備中兵乱では毛利氏協力者としてなんと復権果たし、庄勝資は高釣部城を、植木秀資は斉田佐井田)城を領したであった後年作成され家譜等ではこの年毛利元清が、穂井田元祐(庄元資)の養子となり、穂井田元清名乗ったとされるが、元清自身書状によれば、在城した猿掛城のあった穂田郷という在名から穂田穂井田)を名字としたと述べ庄氏との関係を否定している。 天正6年1578年7月には、毛利勢は上月城羽柴秀吉尼子連合軍との決戦に及び、尼子勝久山中幸盛尼子氏残党滅ぼした天正7年1579年)になると、毛利氏織田氏対立最前線位置するようになった宇喜多直家は、毛利方と手を切り羽柴秀吉のもとに降った以後天正7年から9年にかけて毛利勢は再三わたって宇喜多領に侵入し備中忍山合戦備前八浜合戦備前辛川合戦美作寺畑合戦など、各地宇喜多勢と激戦展開した。 庄勝資は、これら宇喜多氏との一連の対峙において落命したようで、庄氏歴史表舞台から去ったのである庄氏は、武士の興隆期分国守護代として、また管領家内衆重臣)として威を示した。しかし細川氏衰退後は、これに代わる権力の裏付けと言う点で確立が遅れ、同じ国衆である三村氏権勢奪われている。庄氏は、戦国時代備中守護家を凌ぐ威を張りながら、最終的に守護家と同様に戦国大名へとは変貌できなかったのである。この点では、隣国浦上氏にも類似した行動様式守護赤松氏並立し、国衆束ねる立場を取る)があり、やはり長年わたって培われた「家格」とでも称する感覚権力支持者であった故に、完全にはそれを否定できない)が作用した可能性もある。なお植木氏は尼子毛利宇喜多主家変えながらも所領維持続け備中兵乱の後は毛利氏麾下植木秀資が佐井田城主に返り咲き慶長5年関ヶ原の戦いまで維持したようである。 織田勢との対峙備中にせまり、天正10年1582年)には、備中高松城の戦い生じている。この直後本能寺の変生じ織田氏講和した毛利氏は、安芸周防長門・石見・出雲隠岐備後備中半国・伯耆半国、を領する中国太守に、また豊臣政権下では五大老となった。しかしその毛利氏も、慶長5年1600年)の関ヶ原の戦い以後に、防長二カ国に削封された。江戸時代備中には国持ち大名存在せず小藩あるいは知行地として分割領有された。

※この「室町幕府の終焉」の解説は、「庄氏」の解説の一部です。
「室町幕府の終焉」を含む「庄氏」の記事については、「庄氏」の概要を参照ください。

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