メレオロジーとは? わかりやすく解説

メレオロジー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/07/09 06:26 UTC 版)

メレオロジー英語: mereology)とは、数理論理学言語学哲学専門用語で、部分全体の関係(part-whole relation)を扱う理論・視座のこと。もともとはスタニスワフ・レシニェフスキが数理論理学の文脈で用いた造語だが[1]、のちにそこから派生して様々な文脈で用いられるようになった。語源古典ギリシア語で「部分」を意味する「メロス」(μέρος)から。形容詞形は「メレオロジー的」「メレオロジカルな」(mereological)。

数理論理学

20世紀初頭ポーランドレシニェフスキが、数学基礎論数学の哲学の文脈で「メレオロジー」を提唱した。この場合のメレオロジーは集合論と対比される。20世紀中期米国グッドマンクワインもメレオロジーを論じた。

言語学

言語学における意味論語彙意味論)の文脈で、単語間の階層関係についての説明として、メレオロジーを念頭に「メロニミー」(meronymy)または「メロノミー」(meronomy)という用語で総称される単語群がある[2][3]。例えば「」にとっての「車輪」がこれにあたる。メロニミーは、「ハイポニミー」(hyponymy)すなわち「車」にとっての「バス」と対比される。また、「ホロニミー」(holonymy)すなわち「車輪」にとっての「車」とも対比される。メロニミーと関連する用語として、換喩(メトニミー)や提喩(シネクドキ)といった修辞技法の用語がある。

また、言語学における形式意味論および哲学における言語哲学の文脈で[4]英語における不可算名詞mass noun、質量名詞、物質名詞)や複数(plural)についての説明の仕方の一つとしてメレオロジーが用いられることもある[1][5][6]。それと関連して、「質量名詞仮説」(mass noun hypothesis)という仮説がある[7][8]。すなわち、日本語朝鮮語中国語といった、文法上の数をもたない代わりに助数詞をもつ言語について、これらの言語はすべての名詞が不可算名詞であり、後述の一元論のように世界を捉えている、とする仮説である[8]。この仮説は、1968年のクワインによって、「ガヴァガイ」で知られる翻訳の不確定性英語版と関連して提唱された[9]。しかしその後、1990年代の飯田隆によって否定され[10]、クワイン自身もその否定を受け容れている[9]

哲学

主に現代分析形而上学において様々な文脈で論じられる。わかりやすい応用例・喩え話として、「砂山のパラドックス」「テセウスの船[11][12]「粘土と像」(statue and lump of clay)[13]、「ティブルスのパラドックス」(Tibbles, 猫のティブルス)[14][11]、「1001匹の猫のパラドックス」[11][12]、『ミリンダ王の問い』の冒頭[15]などがある。

主な論点・トピックとして以下がある。

  • 部分とは何か、全体とは何か、部分と全体の関係、部分同士の関係とは何か
  • 全部分(部分の総和・総体)と全体との関係とは何か。「全体は部分の総和にすぎない[16]」のか、それとも「全体は部分の総和以上のものである」(ホーリズム)のか。
  • 「全体は部分の総和にすぎない」ならば、あらゆるものは人間が作り出したまぼろし、名前だけの存在であり、この世には何ものも実在しない(メレオロジー的虚無主義mereological nihilism[17]。何ものかが実在するとしても、それは極めて単純なもの(simple)、すなわち無数の最小不可分な原子だけである(原子論)。もしくは無数の原子というより一個のひたすら巨大な「どろどろねばねばの塊[18]」としての世界だけである(一元論ブロブ、blob、blobject)。もしくは原子ですら無い無限に分割可能な「ずぶずぶの底なし沼[18]」としての世界だけである(多元論、ガンク、gunk、atomless gunk)
  • ものの同一性(通時的同一性)が、部分の増減・変化を受けても「持続する」(persistence)ということについての諸説。例えば、ものにとっての時間もまた部分の一種(時間的部分、temporal parts)であるとみなし、それにより、ものの同一性を三次元ではなく四次元の観点から説明する説(四次元主義four-dimensionalism)。四次元主義は、延続主義(延続説、perdurantism)と重なる。四次元主義・延続主義は、耐続主義(耐続説、endurantism)・三次元主義(three-dimensionalism)・メレオロジー的本質主義、mereological essentialism)と対比される。
  • 部分が全体を「構成する」(複合的なものを作る、composition)ということについての諸説。例えば、どんなものでも部分になって任意の全体(メレオロジー的和、mereological sum)を無制限に作ることができる(メレオロジー的普遍主義、universalism)のか、無制限に作ることはできない(メレオロジー的制限主義、restrictivism)のか。
  • クラス類種関係、現代普遍論争problem of universals)、抽象的対象全般といった、他のトピックへのメレオロジーの応用

また、哲学史研究の視座の一つとしてメレオロジーが応用されることもある[19]。例えば、古代ギリシア哲学において「メロス」(部分)は「ホロン」(全体、男性形: ホロス、ὅλος)や「パン」(総て、πᾶν)や「ストイケイオン」(構成要素・元素στοιχεῖον)などと一緒に言及されており、プラトンアリストテレスにおいても言及されている[20]。アリストテレスは類種関係をメレオロジーと結びつけている[21]。その他、ソクラテス以前の哲学者古代原子論者や、トマス・アクィナスなどの西洋中世哲学[22][23]フッサール現象学(いわゆる大陸哲学)、ライプニッツホワイトヘッドの思想のうちにメレオロジーが見出されることもある。さらに、『ミリンダ王の問い』冒頭の「ナーガセーナ」と「車」の喩えなどの仏教思想や[15]ニヤーヤ学派ヴァイシェーシカ学派の思想[24]諸子百家の『荘子』「丘里之言」章や名家の思想[25][26][27]といった、東洋哲学のうちにメレオロジーが見出されることもある。

脚注

  1. ^ a b 飯田 2019, p. Kindleの位置No.600-602(「複数表現の論理への二つのアプローチ」節).
  2. ^ #2811. 部分語と全体語 - hellog~英語史ブログ”. 堀田隆一(慶應義塾大学サーバー内). 2020年4月26日閲覧。
  3. ^ さらに別の表記として「パートノミー」(Partonomy)および「パート二ミー」(Partonymy)がある。
  4. ^ 飯田 2019, まえがき.
  5. ^ Nicolas, David (2018). Zalta, Edward N.. ed. The Logic of Mass Expressions (Winter 2018 ed.). スタンフォード哲学百科事典. https://plato.stanford.edu/archives/win2018/entries/logic-massexpress/ 
  6. ^ Linnebo, Øystein (2017). Zalta, Edward N.. ed. Plural Quantification (Summer 2017 ed.). スタンフォード哲学百科事典. https://plato.stanford.edu/archives/sum2017/entries/plural-quant/ 
  7. ^ 飯田隆「ワークショップ : "The mass-count distinction: philosophical, linguistic, and psychologicalperspectives"(6月8日 三田キャンパス東館6階 G-SECLab)」『Newsletter』第9巻、慶應義塾大学グローバルCOEプログラム論理と感性の先端的教育研究拠点、2009年。 
  8. ^ a b 飯田 2019, p. Kindleの位置No.239.
  9. ^ a b 丹治信春 (2009) [1997]. クワイン ホーリズムの哲学. 平凡社〈平凡社ライブラリー〉(講談社〈現代思想の冒険者たち〉の増補版). pp. 243-247 
  10. ^ 飯田隆 (1998). “Professor Quine on Japanese Classifiers”. Annals of the Japan Association for Philosophy of Science (科学基礎論学会) 9-3: 111-118(1996年のクワインの京都賞受賞記念ワークショップにおける発表原稿). doi:10.4288/jafpos1956.9.111. 
  11. ^ a b c 横路 2021, p. 120-122.
  12. ^ a b 中村 2016, p. 111-133.
  13. ^ セオドア・サイダー 著 / 中山康雄 監訳 / 小山虎、齋藤暢人、鈴木生郎 訳 2007, p. 27-29.
  14. ^ セオドア・サイダー 著 / 中山康雄 監訳 / 小山虎、齋藤暢人、鈴木生郎 訳 2007, p. 255.
  15. ^ a b Henry, Desmond Paul (1989). “Mereology and Metaphysics: From Boethius of Dacia to Leśniewski”. The Vienna Circle and the Lvov-Warsaw School. 38. Dordrecht: Springer Netherlands. pp. 203–224. doi:10.1007/978-94-009-2829-9_11. ISBN 978-94-010-7773-6. https://link.springer.com/chapter/10.1007/978-94-009-2829-9_11 
  16. ^ スティーヴン・マンフォード 著、秋葉剛史、北村直彰 訳 2017, 第3章 全体は部分の総和にすぎないのか.
  17. ^ 「メレオロジー的虚無主義」のより正確な定義は、「複合的なもの(真部分をもつもの)は実在しないのだ、とする立場」。Sider, Theodore (2013). “Against Parthood”. Oxford Studies in Metaphysics 8: 237–293. https://philpapers.org/rec/SIDAP.  "composite entities (entities with proper parts) do not exist."
  18. ^ a b 柏端 2017, p. 53.
  19. ^ 松田毅 編 2014.
  20. ^ テアイテトス_(対話篇)#「真なる思いなし+言論」についての問答 / パルメニデス_(対話篇)#内容 / 形而上学_(アリストテレス)#第5巻_-_哲学用語辞典
  21. ^ 加地 2023, p. 200.
  22. ^ 加藤雅人『意味論の内と外 ―アクィナス 言語分析 メレオロジー』関西大学出版部、2019年。 ISBN 978-4873546902 
  23. ^ Arlig, Andrew (2019). Zalta, Edward N.. ed. Medieval Mereology (Fall 2019 ed.). スタンフォード哲学百科事典. https://plato.stanford.edu/archives/fall2019/entries/mereology-medieval/ 
  24. ^ 村田純一、小野基 1998, p. 960.
  25. ^ Fraser, Chris (2018). Zalta, Edward N.. ed. Mohist Canons (Winter 2018 ed.). スタンフォード哲学百科事典. https://plato.stanford.edu/archives/win2018/entries/mohist-canons/ 
  26. ^ アンヌ・チャン 著、志野好伸・中島隆博・廣瀬玲子 訳『中国思想史』知泉書館、2010年、132-143頁。 ISBN 978-4862850850 
  27. ^ 荘子』則陽篇(リンク)、『墨子』墨経(リンク(英語) - 中国哲学書電子化計画

関連文献

  • Mumford, Stephen (2012), Metaphysics: A Very Short Introduction, オックスフォード大学出版局, ISBN 978-0199657124 
    • スティーヴン・マンフォード 著、秋葉剛史、北村直彰 訳『哲学がわかる 形而上学』岩波書店、2017年。 ISBN 978-4000612401 
  • Sider, Theodore (2002), Four Dimensionalism: An Ontology of Persistence and Time, Clarendon Press, ISBN 978-0199244430 
    • セオドア・サイダー 著 / 中山康雄 監訳 / 小山虎、齋藤暢人、鈴木生郎 訳『四次元主義の哲学 持続と時間の存在論』春秋社〈現代哲学への招待〉、2007年。 ISBN 978-4393323137 
  • 飯田隆『日本語と論理 哲学者、その謎に挑む』NHK出版新書、2019年。 ISBN 978-4140886007 
  • 大畑浩志「時間論入門 第2回 変化とは何か—延続説・耐続説・段階説—」『フィルカル4(2) 分析哲学と文化をつなぐ』株式会社ミュー、2019年。 ISBN 978-4943995227 
  • 加地大介『穴と境界 存在論的探究 増補版』春秋社〈現代哲学への招待〉、2023年(原著2008年)。 ISBN 9784393329078 
  • 柏端達也『現代形而上学入門』勁草書房、2017年。 ISBN 978-4326154494 
  • 柏端達也、青山拓央、谷川卓 編訳『現代形而上学論文集』勁草書房、2006年。ISBN 978-4326199488
  • 倉田剛『現代存在論講義 I ファンダメンタルズ』新曜社、2017年4月。 ISBN 978-4788515185 
  • 倉田剛『現代存在論講義 II 物質的対象・種・虚構』新曜社、2017年10月。 ISBN 978-4788515444 
  • 鈴木生郎、秋葉剛史、谷川卓、倉田剛『ワードマップ現代形而上学』新曜社、2014年。 ISBN 978-4788513662 
  • 中村隆文『カラスと亀と死刑囚 パラドックスからはじめる哲学』ナカニシヤ出版、2016年。 ISBN 9784779510915 
  • 中山康雄『言語哲学から形而上学へ: 四次元主義哲学の新展開』勁草書房、2019年。 ISBN 978-4326154623 
  • 松田毅 編『部分と全体の哲学: 歴史と現在』春秋社、2014年。 ISBN 978-4393323595 
    • 茶谷直人「アリストテレスにおける「部分」と「全体」」 / 加藤雅人「中世とトマス・アクィナス」 / ヘルベルト・ブレーガー 著、稲岡大志 訳「ライプニッツ哲学における全体と部分」 / 松田毅「フッサール現象学とメレオロジー」 / 中山康雄「四次元主義の存在論と認識論」 / 松田毅「ヴァン・インワーゲンの「生命」」 / 加地大介「虹と鏡像の存在論」 / 長坂一郎「機能のオントロジー」 / 齋藤暢人「メレオロジーの論理学」
  • 村田純一、小野基 著「全体/部分」、廣松渉ほか 編『岩波哲学・思想事典』岩波書店、1998年、959f頁。 ISBN 9784000800891 
  • 横路佳幸『同一性と個体』慶應義塾大学出版会、2021年。 ISBN 9784766427608 

関連項目

外部リンク

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メレオロジー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/01 15:56 UTC 版)

名家 (諸子百家)」の記事における「メレオロジー」の解説

馮友蘭概念実在論説を否定する形で提唱されたのが、「メレオロジー」説である。すなわち、諸子思想概念実在についてではなく、「部分と全体の関係」(part-whole relation)についての思想なのだとされる。メレオロジー説は、1970年代以降のチャド・ハンセン(Chad Hansen, 陳漢生)とA.C.グレアム英語版)の二人帰されアンヌ・チャンらに支持されている。 メレオロジー説は、西洋思想との類似性よりも、古典中国語古代漢語)の語彙用例論拠を置く。すなわち、術語の「体」と「兼」は、古典中国語において「部分」と「全体」という意味で広く用いられており、そのこと主な論拠としている。したがって、この説を採用すれば普遍論争のような西洋哲学史枠組み持ち出す必要がない。仮に普遍論争持ち出すとしても、諸子全員唯名論者とみなされるその上で、「白馬非馬」を含む難解な文の多くに、整合的な解釈与えることができる。 ハンセンそのようなメレオロジー説を主張するにあたって分析哲学トピック方法論積極的に援用したことでも知られる

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