ドリア
ドリア
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/09/07 01:44 UTC 版)
ドリア | |
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ドリアの外観 | |
発祥地 | ホテルニューグランド(横浜) |
地域 | 日本 |
考案者 | サリー・ワイル |
誕生時期 | 昭和5年頃(1930年頃) |
主な材料 | ピラフ・クリームソース |
ドリア(Doria)は、ピラフなど米飯の上にベシャメルソース(クリームソース)をかけてオーブンで焼いた料理[1]で、洋食のひとつ。
概要
現在知れ渡っているドリアの原型は、1930年頃横浜ホテルニューグランドの初代総料理長であったサリー・ワイルが、体調を崩した欧州の銀行家のために即興で提供した料理であると考えられている[2]。その時提供されたものは、バターライスに芝エビのクリーム煮とベシャメルソース(ホワイトソース)をかけ、オーブンで焼き上げたものである。
好評だったこの料理は、「"Shrimp Doria"(海老と御飯の混合)」として、ア・ラ・カルトのレギュラーメニューとなり、ニューグランドの名物料理の一つとなり(ワイルのオリジナル・ドリアは、今でもニューグランドで提供されている)、それが弟子達によって他のホテルや街場のレストランでも提供されて広まり、今では日本全国の洋食の定番料理となっている。
戦前のニューグランドでは、それ以外にも蟹を使ったドリアなど、いくつかのバリエーションが存在していた[3]。
上にチーズをのせる発想はワイル以降の後継者の改良によって得られた[4]もの、という説もあるが、当時のフランス料理にはリゾットの上に魚介のクリームソースとチーズをかけてグラタンにする、という料理も存在している[5](下記参照)。
一般的な調理法としては、バターを塗った耐熱容器にバターライスまたはピラフを盛り、ベシャメルソースで覆い、その上から削ったパルメザンチーズをふりかけ、表面に焦げ色がつくまでオーブンで焼く。
エビやイカをいれたものはシーフードドリア、鶏肉をいれたものはチキンドリア、カレーを使ったものはカレードリアと呼ばれるなど、具材やソースによって様々な呼ばれ方をされるが、ライスグラタンと呼ばれることもある。
イタリアンファミリーレストランチェーンのサイゼリヤでは、ターメリックライスを用い、クリームソースとミートソースで仕上げたドリアを「ミラノ風ドリア」と呼称している[6]。もちろんミラノに「ミラノ風ドリア(Doria alla Milanese)」は存在しない。そしてそもそも、イタリアにはドリアは存在せず、ナポリタン同様、日本のみのメニューであり[7]、リゾットとは違うものである。
料理名の由来
ライスグラタンとしてのドリアはサリー・ワイルの創作料理である。フランスにもイタリアにもワイルの出身国スイスにも存在しない。日本で生まれた料理で、「ドリア」という料理名は、ジェノヴァの名門貴族「ドーリア家」の、特に16世紀に活躍した海軍提督の「アンドレア・ドーリア」に由来する和製外来語である。そのため、かつてニューグランドでワイルの補佐をしていたコックの荒田勇作が1964年に出版した『荒田西洋料理』という料理書には、ドリアを「海将風」と記載している。
ドリアの原型となったフランス料理
ジョルジュ・オーギュスト・エスコフィエ著「Le Guide Culinaire(料理の手引き)」(1903年)や、ルイ・ソルニエ著「Le repertoire de la cuisine(フランス料理総覧)」(1914年)にも掲載されている「Homard Tourville(オマール海老のトゥールヴィル風)」という、古典フランス料理が存在する。
タンバル皿(グラタン皿)にリゾットを敷き、手鍋でマッシュルームをバターでソテーし、薄切りにしたオマール海老、牡蠣、ムール貝、トリュフを合わせ、クリームソースで和えてリゾットの上に乗せ、そして全体にモルネーソースをかけ、チーズをふってオーブンで焼く。
「トゥールヴィル」とは、17世紀に活躍した有名なフランス海軍提督トゥールヴィル伯アンヌ・イラリオン・ド・コタンタン(1642年~1701年)のことで、「海将風」は本当はこれに由来するともされる。
脚注
出典
- ^ "ドリア". デジタル大辞泉. コトバンクより2020年11月20日閲覧。
- ^ 日本の西洋料理
- ^ ニッポン定番メニュー事始め P.190
- ^ エスコフィエフランス料理 P.547
- ^ “「ミラノ風ドリアを下さい」とイタリアのレストランで言ったら “サイゼリヤのアレ” とは全く違うものが出てきた”. ROCKET NEWS24 (2015年9月24日). 2020年11月20日閲覧。
- ^ イタリアの食文化 | 「食文化の違い」 :ファスニングジャーナル
参考文献
- 菊地武顕『あのメニューが生まれた店』平凡社、2013年11月。ISBN 978-4-582-63486-0。
- 高橋清一『横浜流―すべてはここから始まった』東京新聞出版局、2005年7月。ISBN 978-4-8083-0834-6。OCLC 170029418。
- 澁川祐子『ニッポン定番メニュー事始め』彩流社、2013年9月。ISBN 978-4-7791-1934-7。
- Georges Auguste Escoffier 著、角田明 訳『エスコフィエフランス料理』柴田書店、1969年11月。ISBN 978-4388056583。OCLC 703794136。
- Gratin de riz à la béchamel "Origine du plat : Europe"
関連項目
外部リンク
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ドリア
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/05 01:53 UTC 版)
ムラサキの森の針を守るマジプシー。筋骨隆々で、ロングヘアーと皮製の大胆な服装が特徴。防衛のため針を水中に保管している。過剰なほど前向きな性格で、キマイラにも受容的。第7章ではイカヅチタワーから落下したクマトラを助ける。
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「ドリア」の例文・使い方・用例・文例
- アドリア海の女王,ベニス
- アドリア海の果実
- 初めてドリアンを食べました。
- 現代抽象画、特にモンドリアンが理解し難い。
- アドリア海の女王 《ベニスの俗称》.
- ベニスはよくアドリア海の女王と言われる.
- 炉は赤く空に向かって噴出した―アドリアラングレー
- 紀元前285年にアレキサンドリアで建設された大きな灯台(高さ500フィート)
- 横紋筋繊維にある大きなミトコンドリア
- コンスタンティノープル、アンチオケ、アレキサンドリア、モスクワまたはエルサレムに拠点を置いた東カトリック教徒のいずれの信念と習慣
- 古代のインド‐ヨーロッパ語族民族がかつて生きたアドリア海東岸にあった不確かな地方
- バルカン半島のアドリア海の海岸ある南東部ヨーロッパの共和国
- アドリア海の西アルバニアの港湾都市
- アドリア海に面した中央イタリアの山岳地域
- アドリア海に面したイタリア中北部の州
- イタリア南東部のアドリア海に面した地域
- アドリア海の海岸のアプリア地域の首都
- アドリア海に面したイタリア北東部の州
- アドリア海に接している南東部ヨーロッパの旧国
- 東部アドリア沿岸地域の南本部ヨーロッパの西バルカン諸国の共和国
ドリアと同じ種類の言葉
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