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とうだい 0 【灯台】
(2)昔の室内照明器具。上に油皿をのせて灯心を立て火をともす台。灯明台。
» (成句)灯台下暗し
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灯台
灯台
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灯台
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/01/15 18:38 UTC 版)
灯台(とうだい)は、岬の先端や港内に設置された、船舶の航行目標「航路標識」の一種で、その外観や灯光によって位置を示す「光波標識」の中の夜標として位置づけられている。 塔状の建造物で、最上部には遠方からでも識別可能な強力な光源を有する。夜間には光源が明滅(大型のものでは光源に前置されたレンズが回転)し、航行する船舶が場所を識別する目印となる。現在多くはコンクリート製だが、木造や石造、煉瓦造、鉄造のものも見られる。
灯台は設置場所により、船舶が陸地、主要変針点又は船の位置を確認する時の目標となる「沿岸灯台」、又は港湾の所在、港口などを示す「防波堤灯台」の二種類にも区分される。
多くの国では、灯台はいわゆるコースト・ガード(沿岸警備隊)あるいは港湾行政当局の管理下にある。日本においても総括的には海上保安庁交通部(旧灯台部)が所管し、個々の設置・維持・管理等を各管区海上保安本部所轄下の海上保安部が行っている。
「航路標識」も参照
目次 |
分類
- 灯台の設置場所・役割による分類
- 沿岸灯台(岬や沿岸の顕著な場所に設置されているもの)
- 防波堤灯台(港湾や漁港の防波堤の先端に設置されているもの)
- 灯台の大きさによる分類(使用する灯台レンズの等級による)
- 大型灯台(第1等・第2等・第3等レンズ、または、90 cm・120 cm 回転灯器を使用しているもの)
- 中型灯台(第4等・第5等閃光レンズ、または、60 cm・40 cm・30 cm 回転灯器、キセノン灯器を使用しているもの)
- 小型灯台(第5等不動・第6等不動・閃光レンズ、または、37.5 cm 以下の無等不動レンズを使用しているもの)
- 灯台の材質による分類
- レンガ造灯台
- 石造灯台
- 木造灯台
- 鉄造灯台
- コンクリート造灯台
灯質
近隣にある灯台は、それぞれ光り方(灯質)が全て異なっており、識別できるようになっている。灯台表(海上保安庁発行)や海図には各灯台の灯質が記号で表記されている。代表的な灯質としては以下のものがある。
- 不動光 (F, fixed): 一定の光度を常時維持している
- 明暗光 (Oc, occulting): 一定の光を放ち、明間が暗間より長い
- 閃光 (Fl, flashing): 約1秒程度の閃光を放つ(長閃光、急閃光がある)
- 互光 (Al, alternating): 異色の光を交互に放つ
- モールス符号光 Mo
歴史
記録に残る最古の灯台は、紀元前7世紀にエジプトのナイル河口の寺院の塔上で火を焚いたことに始まると言われている。その後紀元前279年頃から約19年の歳月をかけ、いわゆる世界の七不思議の一つ「アレクサンドリアの大灯台」が港口のファロス島に建設された。これは約134m の高さがあったと言われ、796年の地震で半壊するまで使用された。その後、宝物が埋まっているとの噂により破壊が進み、1375年の地震により完全に崩壊。1477年には跡地に要塞が建設され、消滅したと言われている。また、同じく世界の七不思議の一つであるロードス島の巨像も灯台の機能を果たしていた。
日本最初の灯台については、839年(承和6年)に復路離散した遣唐使船の目印として、九州各地の峰で篝火を焚かせたと『続日本後紀』にあるのが最初であると言われている。建設が確認される最古の灯台は、摂津国の住吉大社(大阪市住吉区)の西にあるかつては住吉大社の馬場だった住吉公園入口に復元されている鎌倉時代に建てられた高灯籠である。江戸時代に入り海運が盛んになると、日本式の灯台である灯明台や常夜灯が岬や港に近い神社の境内などに設置されるようになった。航路標識として海上保安庁から正式に承認されている最古の灯台は兵庫県西宮市にある今津灯台で、1858年に再建されたものである。
日本最初の洋式灯台は1869年(明治2年)2月11日に点灯した観音埼灯台で、着工した1868年(明治元年)11月1日が灯台記念日となっている。また、現存最古の洋式灯台は旧品川燈台(1870年点灯、品川区から犬山市の博物館明治村に移築、重要文化財)、現地に建つ最古の洋式灯台は旧堺燈台(1877年点灯、大阪府堺市堺区、国の史跡)である。
日本の開国は1854年であるが、日本近海は暗礁も多い上、光達距離の短い灯明台や常夜灯の設置のみで航路標識の体系的な整備が行われていなかった。そのため諸外国から「ダークシー」と呼ばれて恐れられ、1866年5月にアメリカ、イギリス、フランス、オランダの4ヶ国と結んだ改税約書(租税条約、江戸条約)で8ヶ所、1867年4月にイギリスと結んだ大坂約定(大坂条約)で5ヶ所の灯台を整備することが定められた(これら13の灯台を「条約灯台」とも呼ぶ)。明治維新による政権交代のため着工が1年遅れたが、順次建設された。これらの設計・建設には、お雇い外国人であるリチャード・ヘンリー・ブラントンやレオンス・ヴェルニーなどが携わった。
その後、海運の発展とともに航路標識の整備も進み、第二次世界大戦直前期には400基を数えるようになったが、依然として諸外国の水準とは隔たりがあり、「ダークシー」と呼ばれる状況は続いた。昭和初期になっても式根島では私設灯明台が建てられている。だが、戦時中は灯火管制とカモフラージュで本来の役目は果たしにくかった。戦後は高度経済成長により飛躍的に増加し、2004年4月1日現在で全航路標識総数は5,600基、うち灯台だけで3,348基となっている。
2006年(平成18年)11月12日、日本で最後の職員滞在灯台であった女島灯台(長崎県五島市)が自動化され、全ての灯台が無人化された。なお、女島灯台は灯台守を主人公にしたことで著名な映画「喜びも悲しみも幾歳月」(木下惠介監督)の舞台の一つとなったことで知られている。
江戸条約の灯台
- 観音埼灯台(初点灯1869年)
- 野島埼灯台(1870年)
- 樫野埼灯台(現存・現役・1870年) - 初めて回転式閃光を採用した
- 神子元島灯台(現存・1871年)
- 剱埼灯台(1871年)
- 伊王島灯台(1871年)
- 佐多岬灯台(1871年)
- 潮岬灯台(1873年)
大坂条約の灯台
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