高温耐性
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/11/10 05:07 UTC 版)
好熱菌の至適生育温度は80℃以上であるが、この温度の高さが引き起こす生化学的な問題として以下が知られている。①タンパク質が変成する。②核酸(DNAとRNA)の二本鎖も変成して解離しやすくなる。③真核生物や真正細菌の膜脂質のように、炭化水素部分とグリセロール部分との間の結合がエステル結合の場合、切断されやすい。④一部の代謝中間体は熱により分解されやすい。 また、好熱菌の生息する自然環境(熱水噴出孔や陸上温泉)の温度は至適生育温度以上に上昇することもありうる。このため、超好熱菌であっても熱ショック応答の機構を有している。この応答機構は転写因子により誘導される。 タンパク質の変成については、好熱菌はイオン結合を増やすことでこれを抑制している。イオン結合を形成するアミノ酸(Arg, Glu, Val)のタンパク質中での割合が好熱菌では高く、逆にAsn, Asp, Cys, Gln, Serの割合は低い。典型的な例はO6-メチルグアニン-DNAメチル転移酵素(MGMT)である。超高熱菌であるThermococcus kodakarensisのMGMT(Tk-MGMT)と、大腸菌由来のMGMT相当タンパク質(適応応答制御タンパク質のC末端側ドメイン:AdaC)を比較すると、前者の表面で荷電性アミノ酸残基のイオン結合がより多く存在することがわかる。また、Tk-MGMTでα-ヘリックス内および2つのα-ヘリックス間においてもより多い。さらに、AdaCと比べてTk-MGMTは分子内部により多くの芳香族アミノ酸を含み、疎水性相互作用の増強も熱安定性の向上に寄与していると考えられている。 タンパク質の四次構造も変性の抑制に寄与している。例えば、リブロース1,5-ビスリン酸カルボキシラーゼ/オキシゲナーゼ(ルビスコ)の場合、古細菌のtype IIIとその他(植物などが有するtype Iおよび光合成細菌などが有するtype II)は大きく異なる。Type Iは各8つの大サブユニット[ 英: Large subunit:L ]と小サブユニット[ 英: Small subunit:S ]からなる(L2)4S8のヘテロ16量体構造で、Type IIはL2の2量体構造であるが、T. kodakarensisのType IIIルビスコ( Tk-Rubisco)は(L2)5の10量体構造である。前田はTk-Rubiscoのアミノ酸残基を変異体に変えた結果、L2構造に崩れて耐熱性が低下することを発見した 超好熱菌はゲノムDNAをリバースジャイレース[ 英: reverse gyrase ]で安定化させている。これは環状ゲノムの巻き数を増やす(正のスーパーコイルを導入する)ATP依存性DNAトポイソメラーゼであり、ゲノムDNAの二重螺旋をよりほどけにくいようにする。この酵素の発現の有無が、85度や93度といった高温環境での生育において重要である。また、リバースジャイレース遺伝子は超好熱菌一般かつ特異的に存在する。 ヒストンやポリアミンもゲノムDNAの熱安定性に寄与している。古細菌が持つヒストン様タンパク質はDNAの変性解離温度を20度以上上昇させる。スペルミンといったポリアミンはゲノムDNAのコンパクトな立体構造を維持し、高いカリウム塩濃度はDNAの解離を抑制することも明らかとなっている。 古細菌の膜脂質は、熱に強いアーキオール[ 英: archaeol ]で構成されている。ほかにも、アーキオールが2つつながった構造のカルドアーキオール[ 英: caldarchaeol ]や、カルドアーキオールにシクロペンタンが導入されたものもある。アーキオールの熱耐性は、炭水化物成分とグリセロール成分との間の結合がエーテル結合である点に由来する。真核生物や真性細菌ではエステル結合であるが、エーテル結合はエステル結合よりもより化学的に安定である。 また、好熱細菌において、細胞膜の安定性を高めるため、より低い流動性の膜脂質の割合を増やす性質が知られている。Acidilobus sulfurireducensは、培養温度が65度、70度、75度、81度、と上がっていくにつれ、カルドアーキオール中のシクロペンタンの割合を増加させる。膜脂質の主成分がアーキオールとカルドアーキオールであるT. kodakarensisは、培養温度が60度、85度、93度と上がっていくにつれ、カルドアーキオールの割合を増加させる。 代謝中間体の中には高温によって分解されやすい化合物も含まれるため、好熱菌はこれに適応した代謝経路を持つ。例えば、糖新生経路におけるジヒドロキシアセトンリン酸(DHAP)とグリセルアルデヒド3リン酸(GAP)からフルクトース6リン酸(F6P)を合成する反応は、多くの超好熱菌ではたった一つの酵素(フルクトース-1,6-ビスホスファターゼ/フルクトース-1,6-ビスリン酸アルドラーゼ[ 英: fructose-1,6-bisphosphatase/fructose-1,6-bisphosphate aldolase:FBPase V/FBPald ])によって触媒されている。この反応は、熱で分解されやすいフルクトース-1,6-リン酸(FBP)を中間体としている。超好熱菌は1つの酵素上でだけで触媒することで、基質から産生したFBPをすぐに消費することを可能にしている。そうすることで、FBPが高温に被曝する時間を短縮している。これに対して、好熱菌以外の生物では1番目の酵素フルクトース-1,6-ビスホスファターゼ(FBPase)が2つの基質からFBPを合成した後に2番目の酵素フルクトース-1,6-ビスリン酸アルドラーゼ(FBPald)がF6Pを合成する。このため、FBPが基質から作られた後に解離して次の酵素に移動するまでの時間が必要となる。 熱に弱い中間体を経ずに直接、目的の代謝産物を合成する例もある。一部の超好熱菌は、解糖系における3-ホスホグリセリン酸(3-PGA)の合成を、弱熱性の1,3-ビスホスホグリセリン酸(1,3-BPG)を経ずに行う(右図)。これを触媒する酵素はGAPフェレドキシンオキシドレダクターゼ[ 英: GAP ferredoxin oxidoreductase:GAPOR ]または非リン酸化型GAP脱水素酵素[ 英: non-phosphorylating GAP dehydrogenase:GAPN ]である。一般的な生物では、3-PGAの合成は1,3-BPGを中間体としてグリセルアルデヒド3リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH)と3-ホスホグリセリン酸キナーゼ(PGK)によって触媒される。
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