近時の傾向
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/03/25 19:08 UTC 版)
上記のような名目的取締役の責任を否定する裁判例について、学説では、形式的に最高裁判所の判例を踏まえつつも実質的に骨抜きにするものであるとの批判もなされていた。しかし、2000年(平成12年)前後以降名目的取締役の責任を肯定する裁判例も増加してきており、とりわけ詐欺的商法や違法な投資勧誘によって消費者に損害を与えた事案では、取締役はより高度な監視義務を負うとして責任を肯定する傾向にある。名目的取締役等の責任を肯定した近時の主な裁判例としては以下がある。 ゴルフ会員権の詐欺的販売行為を行っていた会社において、代表取締役を含む複数の取締役が、取締役としての職務を行わない合意があり、事実上業務に関与せず、無報酬で、かつ株主総会や取締役会が全く機能していなかったと主張した事案に対して、それらの事情は取締役としての責任を免れる理由にはならず、特に代表取締役に関しては名目的代表取締役であったこと自体が悪意・重過失であり、さらに、犯罪的行為に対しては単なる放漫経営や経営判断の誤り以上に高度な監視義務が期待されると判示した上で、各々業務に一定の関与が認められるとして責任を肯定。(東京地方裁判所1999年(平成11年3月26日)判決、判例タイムズ1021号86頁。) 取締役の職務執行に対する監査を怠ったとされる監査役に対して、「監査役としての在任期間が短く、あるいは病気療養等の理由で法令が求める職務行為を到底期待することができないために、悪意又は重大な過失がない、あるいは損害との因果関係がないとして、その責任が否定される場合があることはともかく」とした上で、当該監査役についてはそうした事情が認められないため、仮に名目的監査役であったとしても責任を免れないとして責任を肯定。(ジー・コスモス事件、東京地方裁判所2005年(平成17年)11月29日判決、判例タイムズ1209号274頁。) 単なる名目的取締役に過ぎず実際の経営には全く関与していないと主張した取締役に対して、取締役に就任した以上は取締役の職責を果たすことが不可能であるなど特段の事情がない限り取締役としての責任を免れることはできないと判示した上で、当該取締役の主張は抽象的で特段の事情を認める立証がないとして責任を肯定。(東京地方裁判所2005年(平成17年)12月22日判決、判例タイムズ1207号217頁。) 取締役に就任した自覚がなく、会社の経営に関与しておらず、報酬も受け取っていなかったとした上で、仮に会社の経営に意見したとしても代表取締役が取り上げる可能性はなかったと主張した取締役に対して、経営に関与せず報酬を受けていないとしても取締役としての責任を免れることができないのは明らかと判示した上で、経営に関する進言をしても代表取締役が取り上げた可能性はなかったとは認められないとして責任を肯定。(東京地方裁判所2008年(平成20年)12月15日判決、判例タイムズ1307号283頁。) 代表取締役のワンマン会社であり名目的に役員に就任したに過ぎないと主張した他の役員に対して、例え名目的役員であったとしても責任は軽減されないとして責任を肯定。(東京地方裁判所2010年(平成22年)4月19日判決、判例タイムズ1335号189頁。) 会社ぐるみで違法な投資勧誘を行って消費者に損害を与えた会社の取締役に対して、このような事例では取締役にはより高度な監視義務が期待されると判示し、名目的取締役であっても責任を免れることはなく、ワンマン会社であっても取締役の監視義務違反と第三者の損害との因果関係は否定されないとして責任を肯定。(東京高等裁判所2010年(平成22年)12月8日判決。) また、最高裁判所においては、農業協同組合で監事の組合に対する責任が問われた事案で、例えその組合において業務執行は理事会で代表理事に一任し、他の理事は業務執行に関与せず、監事も理事の業務執行に対する監査を行わない慣行があったとしても、その慣行自体が適正ではないのであるから、監事の責任は軽減されないとして責任を肯定した判例がある(最高裁判所2009年(平成21年)11月27日判決、判例時報2067号136頁)。 なお、日本において名目的取締役の責任を否定する裁判例が少なくなかったのは、旧商法で株式会社においては取締役会が必置とされ、最低3名以上の取締役が必要とされていたことが背景にあったが、会社法の施行により非公開会社で取締役会非設置の株式会社であれば取締役は1名で足りることとされたため、員数合わせのために名目的取締役を選任する必要はなくなった。このため、名目的取締役の責任が追及される事案は少なくなると考えられているが、逆にこのような中で名目的取締役に就任した者に対しては、第三者に対する責任についてより厳しい判断が下されるようになるのではないかという指摘もある。
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