松前藩の反撃とその後とは? わかりやすく解説

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松前藩の反撃とその後

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/16 02:45 UTC 版)

シャクシャインの戦い」の記事における「松前藩の反撃とその後」の解説

一斉蜂起の報を受けた松前藩家老蠣崎部隊率いてクンヌイ(現長万部町国縫)に出陣しシャクシャイン軍に備えとともに幕府蜂起急報援軍武器兵糧支援求めた幕府松前藩求め応じ弘前津軽氏盛岡南部氏秋田久保田佐竹氏の3藩へ蝦夷地への出兵準備命じ松前藩松前矩広大叔父にあたる旗本松前泰広指揮官として派遣した弘前藩700藩主一門杉山吉成石田三成嫡孫)を大将松前城下での警備あたったシャクシャイン弓矢主体鉄砲27丁を所有していたの対し松前藩鉄砲16であったので、津軽南部藩などから鉄砲借り受け、計70丁で応じた戦闘8月上旬頃まで続いたが、内浦湾一帯アイヌ民族集団分断され協力得られなかったことからシャクシャイン軍に不利となったこのためシャクシャイン後退し松前藩との長期抗戦備えた9月5日8月10日)には松前泰広松前到着同月16日8月21日)にクンヌイ部隊合流し28日9月4日)には松前藩軍を指揮して東蝦夷地へと進軍した。さらに松前泰広松前藩関係の深い親松前的なアイヌ集落に対して恭順させた。アイヌ民族間の分断シャクシャイン孤立化進んだ部族意識強く長年部族間対立松前藩との関係に差があったために、中立維持して蜂起側に参加しなかった集団多かった。さらに敵対していたアイヌらは松前藩への味方表明して松前側として戦闘加わった シブチャリに退いたシャクシャイン徹底抗戦構えであったが、鉄砲威力松前藩勢の優位の展開となり、償い宝物などの提出シャクシャインらは助命という条件和議となった戦い長期化による交易途絶幕府による改易恐れた和睦申し出だったが、シャクシャインはこの和睦応じ11月16日10月23日)、ピポク(現新冠郡新冠町)の松前藩陣営出向く和睦酒宴謀殺された。この他アツマ(現勇払郡厚真町)やサル(現沙流郡)に和睦のために訪れた首長同様に謀殺あるいは捕縛された。翌17日24日)にはシャクシャイン本拠地であるシブチャリのチャシ陥落した指導者層を失った蜂起軍の勢力急速に衰え戦い終息向かった。翌1670年には松前軍はヨイチ(現余市郡余市町)に出陣しアイヌ民族から賠償品を取るなど、各地アイヌ民族から賠償品の受け取り松前藩への恭順確認行った戦後処理のための出兵1672年まで続いた。 このシャクシャインの戦い経て松前藩蝦夷地における対アイヌ交易絶対的主導権を握る至ったその後松前藩中立立場をとり蜂起に参加しなかった地域集団をも含めたアイヌ民族対し七ヵ条の起請文によって服従を誓わせた(『渋舎利蝦夷蜂起付出陣書』)。これにより松前藩アイヌ対す経済的政治的支配強化された。その一方でアイヌにとって不利になる一方だった米と交換レートいくぶん緩和するなど、融和策も行われた。 また『津軽一統志』にみられる大将というアイヌ有力首長によって統一されていた広大な地域商場知行制場所請負制発展強化されることによって場所ごとに分割されることとなり、「下人千人程」をもつ石狩の惣大将ハウカセの「松前殿は松前殿、我等石狩大将と言う発言象徴される強い自立性をもつアイヌ民族地域統一的な政治結合解体されていったヨイチなど地域によっては自分稼ぎ呼ばれるアイヌ民族主体自主的な漁業も何とか維持されたが、松前藩による場所請負制貫徹大規模な漁場開発に伴う窮状原因となった松浦武四郎の『知床日誌』には「女は最早十六七にもなり、夫を持べき時に至れクナシリ島へ遣られ、諸国より入来漁者船方為に身を自由に取扱はれ、男子娶る比に成らば遣られて昼夜別なく責遣はれ、其年盛を百里外の離島にて過す事故、終に生涯無妻にて暮す多く」と記されている。 2016年10月28日北海道長万部町シャクシャインの戦い激戦地となった国縫川ほとりの旧国小敷地に「シャクシャイン古戦場跡碑」を設置して除幕式が行われた。この碑は台座からの高さ2m、幅3m奥行き1mの大きさ御影石製である。

※この「松前藩の反撃とその後」の解説は、「シャクシャインの戦い」の解説の一部です。
「松前藩の反撃とその後」を含む「シャクシャインの戦い」の記事については、「シャクシャインの戦い」の概要を参照ください。

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