方言の分布
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/21 15:37 UTC 版)
全国の語彙の分布には、中央(かつて都が置かれた京都)を挟んだ離れた地域に同じような語彙や言い回しが存在し、中央では死語となった語が分布していることがある。このような分布を「周圏分布」と言い、柳田國男が『蝸牛考』でカタツムリを表す単語が同心円状に分布していることを指摘した(方言周圏論)。一方で、語彙は中央から伝播しただけでなく、各地方でも独自に新しく生み出されていった(方言孤立変遷論)。そのため、必ずしも辺境の言葉は古いというわけではなく、辺境のほうが新しい特徴を持っている場合もある(逆周圏論)。また、方言周圏論が成り立つのは、カタツムリを表す「まいまい」と「ででむし」のようにまったくの別語形の場合であり、一方から他方への語形変化・音変化が起きたと推定される場合には成り立たない。たとえば麦粒腫を表す「めぼいと」「めぼ」「めいぼ」のように、離れた地域で同じ変化が起きたと考えられるものがある。語彙以外では、東日本や九州などで連母音アイがエーやエァーになっているが、これはこのような変化が起こりやすく、相互に交流がなくても同じ変化を起こしたためである。 このほか、いくつかの文法要素や語彙が「東西分布」を示すことが知られている。東西の違いには、文法では打ち消しの「-ない」と「-ん」、結果態の「-てる」と「-とる・ちょる」、形容詞連用形の「白くなる」と「白うなる」など、語彙では「いる」と「おる」、「しょっぱい」と「からい」、「やのあさって」と「しあさって」などがある。これらの境界は、北側では新潟県糸魚川市付近から北アルプスを南下する線に集中している。明治期の国語調査委員会も1908年(明治41年)の報告で、「仮ニ全国ノ言語区域ヲ東西ニ分カタントスル時ハ大略越中飛騨美濃三河ノ東境ニ沿ヒテ其境界線ヲ引キ此線以東ヲ東部方言トシ、以西ヲ西部方言トスルコトヲ得ルガ如シ」と記している。また、愛知県・三重県境付近の揖斐川も、アクセントなどがそっくり変わる大きな方言境界になっている。語彙の例では、「借りる」と「かる」、曾孫を表す「ひこ」と「ひまご」のように中部と近畿の間付近に境界のあるものや、畔を表す「くろ」と「あぜ」、目を表す「まなこ」と「め」のように関東と中部の間付近に境界のあるものもある(語例はいずれも前者が東、後者が西)。ただしこれらの東西分布の中には、「借りる」や「いる」、後述する関西から東京への伝播のように、完全な東西対立ではなく東(西)のものが西(東)の一部地域に分布するものもある。 移住や交流により飛び火的な伝播が起こり、かけ離れた地域で同じ語形を使っていることもある。北海道方言の大部分は、本州からの移住により持ち込まれたものである。また関西から東京に持ち込まれた語も多く、「こわい」(恐ろしい)、「うろこ」(鱗)、「しあさって」(明々後日)、「からい・しおからい」、「つらら」(氷柱)、「けむり」(煙)などがあり、東日本のなかで東京付近に孤立的に分布している。 代表的な分布パターンとして、「周圏分布」「東西分布」のほかに、残存分布(AB分布)、交互分布、日本海側と太平洋側の対立分布、群雄割拠型の分布、錯綜分布が知られる。残存分布とは、かつては周辺部にA、中央部にBの語が分布するABA型の周圏分布だったものが、一方のAが衰退してAB型の分布となったものである。日本海側と太平洋側の対立分布には、「ゆきやけ」と「しもやけ」のように気候の違いに由来すると考えられるものがある。
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