戦後・急行「みちのく」とその周辺列車群とは? わかりやすく解説

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戦後・急行「みちのく」とその周辺列車群

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/06 02:57 UTC 版)

東北本線優等列車沿革」の記事における「戦後・急行「みちのく」とその周辺列車群」の解説

1945年昭和20年11月 上野 - 青森急行101102列車運転再開。しかし翌月深刻な石炭不足になり再び一時運休1946年昭和21年2月 GHQ指令により連合軍専用列車上野 - 青森間・函館 - 札幌間に新設。後に両列車総括してYankee Limited」(北部特急)の列車愛称付けられた。同列車は時刻表には掲載されない連合国軍、特にアメリカ軍用の特殊列車青森 - 函館間は青函連絡船寝台車一部乗客ごと積載航送とした。7月以降は、東京 - 上野間回送線使い東京発着となり、さらに11月には横浜発着となった日本人列車でも、同年8月からこの東京 - 上野間回送線使って運行される旅客列車設定された。 同年11月 常磐線経由急行207208列車運休のまま時刻表再掲される。 1947年昭和22年6月 急行207208列車がようやく運転開始1948年昭和23年7月1日 ダイヤ白紙改正上野 - 青森直通急行東北本線経由103104'列車常磐線経由201・202列車復活し12月には201・202列車に特別寝台車(後の1等寝台車)を連結1949年昭和24年9月 急行201・202列車運休代替として101102203204列車運転再開203204列車1等寝台車(現・A寝台)を1両連結1950年昭和25年10月 日本人列車201・202列車運行再開11月には201・202列車が「みちのく」、203204列車が「北斗」の東北本線・常磐線日本人列車では初の列車愛称命名されるとともに、「みちのく」では1等寝台限り函館 - 札幌急行1・2列車からの青函連絡船客車航送連絡開始1951年昭和26年6月 津軽海峡朝鮮戦争による浮流機雷流入した影響安全確保のため青函連絡船夜行便運航夜明け以降限られ接続列車時刻大幅な繰り下げや不接続などダイヤ変更実施1952年昭和27年4月Yankee Limited」が日本人にも乗車券一部販売するようになり、「特殊列車となって列車愛称廃止。「みちのく」での客車航送廃止され、「特殊列車」でのみ実施となった同年9月 上野 - 青森常磐線経由夜行急行きたかみ運行開始。「特殊列車」は横浜から東京発着駅が変更される1954年昭和29年10月1日 ダイヤ改正で「特殊列車」が日本人全開放。通常の急行列車となり、東京 - 青森間(常磐線経由)「十和田」・函館 - 札幌間は不定期急行洞爺」に分割改正直前9月26日発生した洞爺丸事故」の影響で、上野 - 札幌間の客車航送廃止1956年昭和31年11月19日 ダイヤ改正で以下の変更実施。「きたかみ」を漢字書きの「北上」に名称変更。 「十和田上野発着変更上野 - 青森常磐線経由夜行急行おいらせ」を新設

※この「戦後・急行「みちのく」とその周辺列車群」の解説は、「東北本線優等列車沿革」の解説の一部です。
「戦後・急行「みちのく」とその周辺列車群」を含む「東北本線優等列車沿革」の記事については、「東北本線優等列車沿革」の概要を参照ください。

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