戦後の創作活動とは? わかりやすく解説

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戦後の創作活動

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/10/07 15:02 UTC 版)

遠藤栄」の記事における「戦後の創作活動」の解説

戦後1945年昭和20年11月短歌中心とする一般文芸同人誌銀河』を創刊した。三好町出身歌人である石川恒夫天田愚庵研究者でもある中野男なども『銀河』に寄稿している。1948年昭和23年)には詩集人類意思たずねて』の私家版発行した1950年昭和25年5月には児童文学同人誌若木』を創刊し童話作家花岡大学から評論寄せられたこともあった。1953年昭和28年)には西加茂郡三好町弥栄住居新築した1954年昭和29年)頃には第24をもって若木』を休刊させている。 1960年昭和35年12月54歳時には母のたいが享年84死去した1961年昭和36年10月には童謡童詩集『かあさん花』の私家版発行し毎日新聞学芸で「悲しい時に泣き、うれしい時に笑う自然の感情万葉集さきもりの歌に見いだしてやさしい現代語訳試みている。素朴な人間感情をゆたかに再現して印象に残る」と評された。 59歳だった1965年昭和40年)には『若木』を復刊させ、創作童話・詩・同様・書評などを発表した1971年昭和46年)には中部日本文学会が発行した日本児童文学選集』に創作童話「パカンの万年筆」が収録された。1972年昭和47年)には良寛和歌口語訳などの『スミレ鉢の子』の私家版発行した1974年昭和49年)には詩人原田直友や児童文学作家の羽曽部忠が主宰するぎんやんま同人となった同年には童謡詩集『来なかった魔法使い』の私家版発行した72歳だった1978年昭和53年)には『若木』の発行を第49号で終えたが、1950年昭和25年)の創刊からの通刊は73号だった。 1983年昭和58年11月短詩集『天女の涙』の私家版発行した1984年昭和59年7月現代少年詩集編集委員会による『現代少年詩集84'』に「六等席の駑馬」が収録された。1985年昭和60年)、個人雑誌『青い』の発行開始し86歳となる1992年平成4年11月まで年2回の発行続けた1996年平成8年)、童謡詩集虹の橋』の私家版発行した1997年平成9年6月死去した享年92

※この「戦後の創作活動」の解説は、「遠藤栄」の解説の一部です。
「戦後の創作活動」を含む「遠藤栄」の記事については、「遠藤栄」の概要を参照ください。

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