多量の煙と有毒ガスの影響
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/02 22:45 UTC 版)
「千日デパート火災」の記事における「多量の煙と有毒ガスの影響」の解説
7階プレイタウンで死亡していた96人のうち93人の死因は一酸化炭素中毒によるものだった。下層階の火災で発生した多量の煙のうちの約20パーセントが7階に流入した。ビル火災に際して発生した煙は、最上階から先に充満していくことが知られており、同風俗店はビル最上階の7階で営業していたことから本件火災においても同様の現象が起こったと考えられている。煙の拡散は水平方向で秒速1メートル程度だが、垂直方向では秒速5メートルに達することから7階が煙で充満するまでの時間は僅かであった。プレイタウンでは22時49分ごろにフロアが停電しており、猛煙の充満も加わり視界が全く効かない状態になった。完全な暗闇では、その場を良く知っている人でも1秒あたり70センチメートル、知らない人に至っては30センチメートルしか移動できないという。したがって火災覚知と避難の遅れ、煙の充満および停電による視界不良とが重なったことにより7階プレイタウン滞在者の人的被害が拡大した。 火災によって発生した多量の煙の中に含まれる成分は、一酸化炭素ばかりではなく、有毒ガスも含まれている場合が多い。大阪府警捜査一課・南署特別捜査本部が大阪大学法医学部に依頼して遺体を解剖して調べた結果、犠牲者の血液中の全ヘモグロビン量に対して一酸化炭素と結合した「一酸化炭素ヘモグロビン」の占める割合は50パーセント程度であり、これは一般的なヘモグロビン飽和量の致死量60パーセントを下回る量であった。このため、本件では2階ないし4階で燃えた化繊商品(化学繊維商品)や新建材から発生した大量の有毒ガスも死亡原因に影響したと考えられている。通常の一酸化炭素中毒では、一酸化炭素の致死濃度は空気中で0.1パーセントとされるところ、ビル火災においては一酸化炭素濃度が10パーセントにも達するので、本件火災の致死限界時間は10分以内だったと分析された。猛煙による酸素欠乏、燃焼物から発生した多量の一酸化炭素や有毒ガスが窒息や刺激を伴って複合的に作用した結果による悲劇だった。 ニチイ千日前店の3階および4階で取扱っていた商品は、衣料品を中心に約5万点にのぼり、3階で肌着、くつ下、寝具、呉服などの40パーセント、4階でブラウス、スカート、生地などの41パーセントが化繊もしくは化繊が混合した商品だった。また3階の一部の専門店と2階の専門店街で取り扱っていた商品も化繊やプラスティック、ビニールなどの石油系高分子材料を使った物が多く、有毒ガスの発生源になったと見られている。服飾などの繊維商品に使われていた材料は、ポリアミド系繊維、ポリエステル系繊維、アクリル系繊維、アセテート繊維、レーヨンなどが、また日用品などの商品では、プラスチック、セルロイド、ポリウレタン、塩化ビニールなどがあったとみられ、特にポリアミド系繊維やポリエステル系繊維、プラスチックやビニール類が燃焼した際に発生するシアン化水素(青酸ガス)の毒性が最も強いとされ、多量に吸い込めば数分で死に至ることから、本件火災ではそれらの影響も考えられた。 ビルの内装材に使われる「新建材」も有毒ガスの発生源になったと考えられている。千日デパートビルは商業ビルであることから、燃焼階では装飾などに利用するために新建材を使用していた。新建材とは、合板や木材片をフェノール樹脂(ベークライト)や尿素樹脂(ユリア樹脂)などで固めたもの、あるいはセメントや石粉、ガラス繊維などをプラスチックで固めた建材のことで、建築の内装材として幅広く使われている。これらの材料は高分子材料なので燃焼には大量の酸素を必要とするが、酸素が不足して不完全燃焼を起こすと一酸化炭素、アルデヒド、メタン、炭酸ガス、アセトンなどの有毒ガスを大量に出す。燃焼温度は木材に比べて高くて燃えにくい。摂氏400度から500度に達しないと勢いよく燃えずに燻り続けることから、400度以下の低温では多量の煙と有毒ガスが発生する特徴がある。その量は木材よりも10倍多いといわれている。本件火災当時の新建材は不燃処理や防炎処理が進んでおらず、法律による規制も不十分だったことから、人的被害拡大の一因となった。本件の教訓を活かして火災に強い不燃材の研究開発、防火建材や防火内装材の対する研究開発が進むきっかけとなった。現行の法令では、建物の用途と条件によって防炎性能を必要とする品目を定めている。
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