伊達屋歴代当主とは? わかりやすく解説

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伊達屋歴代当主

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2017/09/18 08:26 UTC 版)

伊達林右衛門」の記事における「伊達屋歴代当主」の解説

初代 伊達郡貝田村にて佐藤三郎の6男として生まれる。山崎村吉田右衛門娘婿となり、親戚にあたる江戸伊達浅之助の下で働くようになった1788年天明8年)、江戸蝦夷地行き来するうになる1793年寛政5年)、松前藩福山に浅之助の支店開き屋号を「伊達屋」とする。 1796年寛政8年)、浅之助が請け負った増毛の場所を任される1799年寛政11年)、東蝦夷地幕府直轄領となると箱館会所在勤する蝦夷地御用取扱1人任じられる1805年文化2年)、故郷伊達郡から農夫呼んで大野村開墾させ、当地を「伊達郷」と名づける1806年文化3年)には苗字許される1809年文化6年)あるいは翌1810年文化7年)に、栖原半助阿部喜右衛門とともに北蝦夷地樺太)の場所経営命じられるが、阿部屋が辞退したため伊達栖原共同経営という形になった。その一方で1811年文化8年)、同じくこの3者に命じられ石狩場所の経営は、伊達栖原撤退したことで阿部屋の単独経営となっている。また1816年文化13年)、伊達栖原高田屋嘉兵衛根室開発命じられるが、これも結局高田屋だけが残った1818年文政元年)、栖原とともに江差原野開拓して源太夫町」を作る1822年文政5年)、松前藩用達任じられるが、その年の内に「壽助」と改名し湯島隠居する1837年天保8年)没。 2代目清兵衛初代養子だが、詳しい出自などはわかっていない。 1803年享和3年)、幕府箱館会所用達見習となる。結局家督を継ぐことはなかったが、箱館支店店主勤めた功績から2代目数えられている。 3代目源兵衛→翁記) 1798年寛政10年)ころの出生1820年文政3年)には用達見習になっており、家督継いだのもこのころと見られる。: 1841年天保12年)、栖原仲蔵とともにさびれかけた択捉所を請け負い復興させる1845年弘化2年)、浜益・増毛の両場所で200箇所上の漁場を開く。 1854年安政元年)、松前藩士並に列せられ、勘定奉行格に命じられる。さらに藩主松前崇広から「翁記」の名を賜る1855年安政2年)に蝦夷地幕府直轄領となり、伊達屋は翌1856年安政3年)に択捉島警護任じられ仙台藩御用達となる。またこのころ雄冬から濃昼までの山道開削する。一方松前藩から頼まれ私費開削し福山から上ノ国までの山道結局使われなかったらしい。 1858年安政5年)、箱館奉行所用達となる。1860年万延元年)には、増毛領地とした秋田藩用達となる。1863年文久3年)、松川辨之助失敗した北蝦夷地樺太)の経営を、栖原とともに成功させる1872年明治5年)没。 4代目 1856年安政3年)に生まれた3代目の子支配人片桐市作を後見人として右衛門襲名した1866年慶応2年)に夭折5代目山崎陸奥にいた親戚で、養子入り4代目の跡を継いだ1869年明治2年)にそれまで場所請負制度が廃止され漁場制度へと変更された。伊達屋は翌1870年明治3年)、増毛領地とした山口藩から漁場大頭取に任じられる。さらに1871年明治4年)、北海道開拓使管轄となると伊達屋は栖原とともに宗谷枝幸利尻択捉漁場となった。 ところが樺太・千島交換条約締結されると、ロシアとなった樺太の全漁場放棄せざるを得なくなった伊達屋は大損害をこうむったこれを機に1876年明治9年)、宗谷枝幸択捉漁場栖原に、利尻柏屋藤野兵衛に、礼文伊達清十郎それぞれ譲渡。残る漁場1879年明治12年栖原委託した。 こうして休業した5代目はやがて「翁記」に改名し1908年明治41年)に没した6代目 福山生まれの、5代目の子三井物産社員として、増毛漁場経営栗山倉庫業従事した。 後に彼もまた「翁記」を名乗り札幌市議会議員となったという。

※この「伊達屋歴代当主」の解説は、「伊達林右衛門」の解説の一部です。
「伊達屋歴代当主」を含む「伊達林右衛門」の記事については、「伊達林右衛門」の概要を参照ください。

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