三島町とは? わかりやすく解説

三島町

読み方:ミシマチョウ(mishimachou)

所在 新潟県柏崎市


三島町

読み方:ミシママチ(mishimamachi)

所在 愛媛県伊予市


三島町

読み方:ミシママチ(mishimamachi)

所在 佐賀県鳥栖市


三島町

読み方:ミシマチョウ(mishimachou)

所在 石川県七尾市


三島町

読み方:ミシマチョウ(mishimachou)

所在 福井県敦賀市


三島町

読み方:ミシマチョウ(mishimachou)

所在 静岡県浜松市


三島町

読み方:ミシマチョウ(mishimachou)

所在 大阪府茨木市


三島町

読み方:ミシマチョウ(mishimachou)

所在 奈良県天理市


三島町

読み方:ミシママチ(mishimamachi)

所在 福島県大沼郡


三島町

読み方:ミシママチ(mishimamachi)

参照 長岡市(新潟県)


三島町

読み方:ミシママチ(mishimamachi)

所在 富山県砺波市

地名辞典では2006年8月時点の情報を掲載しています。

〒945-0837  新潟県柏崎市三島町
〒939-1365  富山県砺波市三島町
〒926-0802  石川県七尾市三島町
〒914-0058  福井県敦賀市三島町
〒430-0853  静岡県浜松市中央区三島町
〒567-0022  大阪府茨木市三島町
〒632-0015  奈良県天理市三島町
〒799-3128  愛媛県伊予市三島町
〒841-0064  佐賀県鳥栖市三島町

三島町

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/07/09 13:35 UTC 版)

みしままち 
三島町
三島町旗 三島町章
日本
地方 東北地方
都道府県 福島県
大沼郡
市町村コード 07444-6
法人番号 8000020074446
面積 90.81km2
総人口 1,225[編集]
推計人口、2025年6月1日)
人口密度 13.5人/km2
隣接自治体 大沼郡金山町昭和村河沼郡柳津町
町の木 キリ
町の花 オオヤマザクラ
町の鳥 ヤマガラ
三島町役場
町長 矢澤源成
所在地 969-7511
福島県大沼郡三島町大字宮下字宮下350番地
北緯37度28分13秒 東経139度38分40秒 / 北緯37.47031度 東経139.64447度 / 37.47031; 139.64447座標: 北緯37度28分13秒 東経139度38分40秒 / 北緯37.47031度 東経139.64447度 / 37.47031; 139.64447
外部リンク 公式ウェブサイト

― 市 / ― 町・村

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宮下ダム

三島町(みしままち)は、福島県会津地方中西部に位置し、大沼郡に属する

2012年「日本で最も美しい村」連合に加盟[1]。町名は旧宮下村にある「三島神社」に由来する。

地理

町の大部分は山林に覆われる。町の北部の只見川沿いに交通が開け、宮下地区には役場や病院など町の主要な機能が置かれている。やや川上に宮下ダムがあり、ダムを利用した水力発電所がある。

只見川沿いでは五段の河岸段丘が形成されており、西方集落は最上段、宮下集落は上から4段目に位置する[2]グリーンタフ地域である[2]

  • 山 :高森山、志津倉山
  • 河川:只見川、大谷川
  • 湖沼:宮下ダム英語版

人口

三島町(に相当する地域)の人口の推移
1970年(昭和45年) 4,108人
1975年(昭和50年) 3,766人
1980年(昭和55年) 3,389人
1985年(昭和60年) 3,180人
1990年(平成2年) 2,883人
1995年(平成7年) 2,674人
2000年(平成12年) 2,474人
2005年(平成17年) 2,250人
2010年(平成22年) 1,926人
2015年(平成27年) 1,668人
2020年(令和2年) 1,452人
総務省統計局 国勢調査より

歴史

三坂山にはかつて徳一が開基した36坊を有する大高寺があったとされる[3]

  • 1889年(明治22年)4月1日 - 川西村、原谷村、三谷村、西川村誕生。
  • 1889年(明治22年) - 西川村、原谷村、三谷村が、西川村外二ヶ村組合村となる。
  • 1917年(大正6年)9月25日 - 川西村が、西方村と改称。
  • 1941年 (昭和16年)10月28日 - 只見線(会津柳津~会津宮下間)開業。
  • 1942年(昭和17年)
    • 4月1日 - 西川村外二ヶ村組合村が、宮下村となる[2]
    • 4月11日 - 宮下集落で大火が発生し、ほとんどの家屋が全焼[2]
  • 1955年(昭和30年)7月20日 - 宮下村と西方村が合併し、三島村となる。
  • 1961年(昭和36年)4月1日 - 三島村が町制施行し、三島町となる。

行政

町長

  • 馬場利幸(任期:1956-1968、1976-1980)[4]
  • 佐藤長雄(任期:1968-1976、1980-1995)[4]
  • 斎藤茂樹(任期:1995-2011)[5]
  • 二瓶隆司(任期:2011-2015)[6]
  • 矢澤源成(任期:2015-)[7]

経済

会津の中心地であり、明治期より桐下駄の生産が盛ん[2]。また、昭和期までは養蚕葉たばこの生産が盛んであった[2]。大正期までは薬用人参の栽培も盛んであった[2]

主力産業であった農林業の変化や人口減少が進んでいた1970年代、町の振興の方向性が模索され、企業誘致や大型資本によるリゾート開発ではなく、地域資源を活かし、地域・個人主体で理想の町をつくるという方針が生まれた[8][9]。この方針に基づき生まれたのが後述の「ふるさと運動」であり、その後「生活工芸運動」「地区プライド運動」へと派生していった[9]

ふるさと運動

ふるさとを持たない都会の人たちに理想のふるさとを[10]」をキャッチコピーとして1974年(昭和49年)に始まった「ふるさと運動」は、都市と農村の住民交流によって観光振興や地域づくりを図る取り組みで、「特別町民」と呼ばれる年会費制度を基軸とする[11]

町外在住の希望世帯に年会費1万円で多数の特典を与え、「ふるさとの家」と呼ばれる一般家庭へのホームステイや、「ふるさとの便」の送付、美坂高原での山菜採取・キャンプ・釣り・乗馬体験等の各種アクティビティなどを体験してもらうとともに、時には特別町民側から知識をもらうことも図るものであった[11][8]。1974年度の特別町民は609世帯で、同年度はのべ3,003人が「ふるさとの家」に宿泊した[8]。なお、会員制で親類同然の扱いゆえに、当時旅館業法の適用を除外して一般家庭への民泊が実現可能となった[8][12]

その後秋田県雄和町など全国多数の自治体で同様の取り組みが広まるきっかけになったと言われる[13]

特産品

エネルギー

  • 只見川沿いには水力発電施設がある。
  • 2020年(令和2年)、町唯一のガソリンスタンドが廃業。マイカーや除雪車、暖房用燃料の調達が困難になることから、三島町が100%出資する農業法人が運営を担うことで営業を再開させた[14]。その後、2024年(令和6年)4月1日に町が設立する三島町サービスステーション(指定管理者制度を導入)が国道252号沿いに開設され、旧三島給油所は解体されることになった[15][16]

郵便

交通

会津宮下駅

鉄道

中心となる駅:会津宮下駅

バス

  • 三島町営バス
  • デマンドバス
  • 会津バス「只見川線」 - 季節限定で道の駅(第一橋梁ビュースポット)および早戸温泉に停車する路線が運行されている[17]

道路

道の駅

教育

中学校

  • 三島町立三島中学校

小学校

  • 三島町立三島小学校

観光

第一只見川橋梁

会津宮下駅前には三島町観光交流館「からんころん」があり、観光案内・休憩所の機能をもつほか、冬期を除き電動アシスト自転車を用いたレンタサイクルを実施している[18]。町内には会津トレイルのコースが設定されている[19]

只見川・只見線

新緑や紅葉、雪景色など四季折々の風景や、川霧による幻想的な風景を求めて国内外から観光客・カメラマンが訪れている[20]

自然・レジャー

  • 大林ふるさとの山
    カタクリオオヤマザクラの名所[22]
  • 滝谷風穴
  • 美坂高原
    かつての茅場を1966年(昭和41年)より町営牧場としたもので、前述の「ふるさと運動」の一環で1974年(昭和49年)に「美坂高原ふるさと公園」としてオープンした[11][8]

体験施設

  • 三島町生活工芸館
    工業意匠学の宮崎清千葉大学講師が、冬季に多くの農家が手づくりしていた農作業具や生活用具が豊富に残る町を訪れたことをきっかけに、「生活工芸運動」を提唱[23]。1981年(昭和56年)に始まったこの取り組みでは、ものづくり教室や生活工芸品展などが行われてきたが、その拠点施設として1986年オープン[23]
  • 森の校舎「カタクリ」
    1995年(平成7年)3月に廃校になった西方小学校校舎を活用し、1998年(平成10年)6月に三島町生涯学習センター宿泊研修施設としてオープン[24]

街並み・社寺

  • 屋号看板の街並み(宮下地区)[25]
  • 西隆寺

温泉

祭事・催事

三島のサイノカミ

各集落で鳥追い虫送り、だんごさし、若水汲み、初午など多くの年中行事が残っていることが特筆され、13種33地区の行事が県の重要無形民俗文化財に指定されている[2][26]

  • 三島のサイノカミ(1月・国の重要無形民俗文化財
  • 雪と火のまつり(2月)
  • 高清水集落 ひな流し(3月・県の重要無形民俗文化財)
  • 生活工芸品展(3月)[27]
  • ふるさと会津工人まつり(6月)[27] - 1987年(昭和62年)に第1回が開催された[10]
  • 三島神社例大祭(9月)

三島町を舞台とした作品

ドラマ

脚注

  1. ^ 特集「日本で最も美しい村」連合」『広報みしま』、三島町、2012年11月。 
  2. ^ a b c d e f g h 第5章 三島町全体の概況」『三島町歴史文化基本構想』(レポート)三島町、2011年3月https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/rekishibunka/pdf/mishima.pdf#page=29 
  3. ^ 高僧徳一がもたらした仏教文化 三島にもあった 仏都会津の歴史」『広報みしま』第198巻、三島町、2009年9月、3-5頁。 
  4. ^ a b 『日本の歴代町村長 : 町村制施行100年の歩み 第1巻』歴代知事編纂会、1989年3月。doi:10.11501/13212378 
  5. ^ 「無投票で初当選を飾った斎藤茂樹三島町長」『財界ふくしま』、財界21、1995年11月、doi:10.11501/2832761 
  6. ^ モットーは「ガラス張りの町政」二瓶隆司町長」『広報みしま』第219巻、三島町、2011年6月、1-5頁。 
  7. ^ 三島町長選挙 矢澤源成氏、無投票で初当選」『広報みしま』第267巻、三島町、2015年6月、3頁。 
  8. ^ a b c d e 「「ふるさと運動」とむらづくり 福島県三島町から」『地域開発』第152巻、日本地域開発センター、1977年5月、doi:10.11501/2763589 
  9. ^ a b 「山村が光る時――三島町「ふるさと運動」20年の歩み/佐藤長雄;横山敏光」『財界ふくしま』、財界21、1991年11月、74-80頁、doi:10.11501/2832713 
  10. ^ a b 特集:ふるさと運動50周年〜振り返る三島町の歩み〜」『広報みしま』第1338-1341巻、三島町、2024年。 
  11. ^ a b c ふるさと運動とは”. 三島町 ふるさと運動50周年記念 特設サイト. 2025年6月25日閲覧。
  12. ^ 「特集 観光と農山村振興 ふるさと運動は町の顔――三島町」『観光』第192巻、日本観光協会、1982年9月、doi:10.11501/2841721 
  13. ^ 「ふるさと運動と観光――財団の調査から」『観光文化』第49巻、日本交通公社、1985年1月、doi:10.11501/2835449 
  14. ^ 唯一のガソリンスタンドが閉店 危機を救った町長の決断”. 朝日新聞 (2021年1月17日). 2021年1月17日閲覧。
  15. ^ ガソリンスタンド建設工事等進行状況」『広報みしま』第369巻、三島町、2023年11月、4頁。 
  16. ^ 三島町サービスステーション(三島町)2024年9月22日閲覧。
  17. ^ 奥会津ぶらり旅 - 会津乗合自動車
  18. ^ 駅からレンタサイクル”. 三島町. 2025年7月9日閲覧。
  19. ^ 会津トレイル 三島町ルート”. 福島県生活環境部 自然保護課. 2025年6月28日閲覧。
  20. ^ 只見線 - 三島町観光地域づくり 情報サイト - ウェイバックマシン(2021年5月12日アーカイブ分)
  21. ^ 『みやしたアーチ3橋(兄)弟』のビューポイント - 三島町観光協会
  22. ^ 西方の宝 大林ふるさとの山」『広報みしま』第194巻、三島町、2009年5月、3頁。 
  23. ^ a b 特集:町づくりの軌跡 第1章 生活工芸 ものづくりは生きがい」『広報みしま』第200巻、三島町、2009年11月。 
  24. ^ “三島町に森の校舎カタクリオープン 「福島県 今日は何の日」”. 福島民報. (2024年6月28日). https://www.minpo.jp/news/moredetail/20240527116825 
  25. ^ 三島町宮下地区屋号サインプロジェクト - グッドデザイン賞
  26. ^ 特集:年中行事」『広報みしま』第191巻、三島町、2009年2月。 
  27. ^ a b 平成19年度過疎地域自立活性化優良事例表彰パンフレット”. 総務省. 2025年6月25日閲覧。

関連項目

外部リンク


三島町(みしまちょう)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/28 00:40 UTC 版)

新・浪人若さま新見左近」の記事における「三島町(みしまちょう)」の解説

新銭座町目と鼻の先にあり、権八左近お琴再会予見して花川戸町における三島屋小五郎とかえでの煮売り屋再現していた。また裏手には権八夫婦が暮らす長屋もある。

※この「三島町(みしまちょう)」の解説は、「新・浪人若さま新見左近」の解説の一部です。
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