霧幻峡の渡し
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/04/21 22:42 UTC 版)
霧幻峡の渡し(むげんきょうのわたし)とは、福島県大沼郡の只見川で運航されている観光用の渡し舟。地域住民の足となっていた渡し舟を、観光用の遊覧船として復活させたものである[1]。周辺は越後三山只見国定公園に属する。
歴史
福島県金山町の三更集落では、10戸全戸が渡し舟を所有し、駅のある対岸の早戸集落との間を住民自らが船頭となって行き来していた。しかし地滑りを起こしやすい地質に加え、1953年(昭和28年)から行われた硫黄採掘で地盤が不安定となり、1956年(昭和31年)に切羽の落盤が発生した[2]。以降、山は陥没や崩落を繰り返すようになり、1963年(昭和38年)4月15日に発生した山崩れを機に一部世帯が移転、残りの世帯も1964年(昭和39年)4月16日に再び発生した山崩れの後、移転した[3]。
その後、早戸地区では2004年(平成16年)に地域懇談会で只見川で遊覧船の運航を行うこととし、2007年(平成20年)に福島県の地域づくり総合支援事業を利用して「霧幻峡の渡し」が復活し、これを機に通年での定期運航も模索された[1]。
一方、2010年(平成23年)、三更から集団移転した雨沼地区で、地域おこしのため地元の建設会社役員が観光用に渡し舟の復活させる霧幻峡プロジェクトが発足し、県の補助金を得て2艘を建造し土日祝日の定期運航を開始した[4][5]。「霧幻峡の渡し」の名は霧が多いことに因む[5]。2012年には福島県が選定した「ふくしまの水文化」の「生活の中の水文化」に選ばれた[6]。
2019年(令和元年)には金山町観光物産協会に運航の権利が譲渡された[4]。
運航
4月下旬から11月中旬までの期間、日の出から日没まで運航されている。乗船は予約制である[7]。乗船のみの周遊プラン(約45分間)と散策付きプラン(約90分間)がある[7]。
脚注
- ^ a b 地元住民、三島町との役割分担による早戸温泉地区再生 (福島県、2025年4月22日閲覧)
- ^ 金山町史出版委員会(編集)『金山町史』下巻、金山町、1976年、525-527ページ。
- ^ 『金山町史』下巻、527-528ページ。
- ^ a b 霧幻峡を主軸にした観光まちづくり (福島県、2025年4月22日閲覧)
- ^ a b 「地域おこし託す渡し舟 福島・金山 只見川 40年ぶりに運航復活 住民 ツアーも企画 田舎料理やそば打ち体験」『河北新報』平成22年(2010年)7月28日付朝刊24面。
- ^ ふくしまの水文化
- ^ a b 船上から絶景、散策付きプランも「霧幻峡の渡し」営業開始 (福島民友新聞、2025年4月22日閲覧)
外部リンク
- 【絶景パワースポット】この夏行きたい! 福島・霧幻峡の渡しで心願成就 - しごとなでしこ(小学館、2017年7月14日)
- 手こぎの渡し舟「霧幻峡の渡し」が海外にも人気 福島・只見川 - YouTube(朝日新聞社提供、2018年8月15日公開)
座標: 北緯37度27分51.1秒 東経139度35分36.0秒 / 北緯37.464194度 東経139.593333度
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