レトリックの革新
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/06/13 04:19 UTC 版)
ゴルギアスは、「構造」「装飾」「パラドクソロギアの導入」に関するレトリックの革新において、その先導役を務めた。パラドクソロギア(paradoxologia)とは逆説的思考と逆説的表現の概念のことである。これらの進歩によってゴルギアスは「詭弁の父」というレッテルを貼られてしまった。一方でゴルギアスは、文学的散文の言葉として古アテナイ方言を普及させることに貢献したことでも知られている。 ゴルギアスのレトリックに関する著作(『ヘレネ頌』、『パラメデスの弁明』、『非存在について』、『エピタフィオス』)は、『テクナイ(Technai)』と題されたレトリック教育の入門書を通じて今に伝わっている。『テクナイ』は、もしかすると記憶された手本から作られたのかも知れないが、さまざまなレトリックの実践理論を説明した本である。 一部の学者はそれぞれの作品の言説は対立していると言っているが、意欲に満ちた理論とレトリックのテクネー(技術)の相互に関係する著作として読むことができる。それらのうち、完全な形で残っていると思われるのは『ヘレネ頌』と『パラメデスの弁明』で、 そこにはゴルギアス独自の演説・レトリック・政治観などが含まれている。アリストテレスもその中から、ギリシア統一の演説、戦死したアテナイ人への追悼演説、『ヘレネ頌』からの短い引用などを引用している。『非存在について』は演説ではなく論文だが、パラフレーズが残っている。『初期ギリシア哲学者断片集』にもそれらの部分部分があり、研究者たちはこの文献を信頼できるものと考えているものの、その本に含まれているものの多くは断片で、また原形が損なわれていて、ゴルギアスのものとされるテキストの確実性と正確さも疑問視する意見がある。 ゴルギアスの著作はレトリカルかつ遂行的(performative)である。ゴルギアスは自分の能力を誇示するためなら、不合理で論争的な立場をより強く見せることまでする。その結果として、ゴルギアスの著作は評判が良くなく、逆説的で、さらに不合理であるという評価を受けている。ゴルギアスの著作の遂行的な性質は、それぞれの主張に対して、パロディ・不自然な比喩的表現・芝居がかったわざとらしさといった文体上の工夫を使って、遊び戯れるようにアプローチするやり方が表している。 ゴルギアスの例証のスタイルは「poiêsis-minus-meter(詩マイナス韻)」ともいうことができる。ゴルギアスは説得力のある言葉は神々のそれと同等で、腕力に等しい強さのドゥナミス(力)を持っていると論じる。『ヘレネ頌』の中で、ゴルギアスは魂に話しかける効果を、肉体への薬の効果になぞらえる。「異なる薬が異なる体液を肉体から汲み出す時、病気を治す薬もあれば、生命を奪う薬もある。言葉もそれと同じである。痛みを生むものもあれば、喜びを生むもの、恐怖を起こさせるもの、聴衆を大胆にかきたてるもの、さらに邪悪な説得で魂を麻痺させ魅了するものもある」。 ゴルギアスはさらに、自分の「魔法の呪文」は、激しい情熱を抑制することで人間の魂に癒しをもたらすと信じてもいた。ゴルギアスは言葉の響きに特に気を遣い、詩のように、聞き手を魅了した。ゴルギアスの華やかで押韻したスタイルは聞き手を魅了したように見えた。ゴルギアスの伝説的な説得力は、ゴルギアスが聴衆とその感情に、いくらかの超自然的な影響力を与えられたということを示唆している。 他のソフィストたち(精神に関してはとくにプロタゴラス)と違って、ゴルギアスはアレテー(美点、徳)を教えるとは公言しなかった。ゴルギアスは、アレテーの完全な形はなく、それぞれのシチュエーション(たとえば、奴隷の徳は政治家の徳ではない)に関係するものだと信じていた。レトリックつまり説得の技術はどんな行動方針でも説得することが可能であるゆえに、あらゆる科学の王である、というのがゴルギアスの考えである。レトリックがすべてのソフィストのカリキュラムの中にあった間、ゴルギアスは他の何よりそれをより重要なものと位置づけた。 レトリックの性質・価値双方についての討論はゴルギアスとともに始まる。『ゴルギアス』と題されたプラトンの対話篇は、ゴルギアスのレトリックの利用・そのエレガントな形式・遂行的性質への反論を著したものである。レトリックは実際にはテクネーと見なされるだけの必要条件を満たしておらず、弁論家とその聴衆の両方に働きかけるいささか危険な「経験(要領、コツ)」である。なぜなら、それは人々に対して、無知な人を専門家以上に物知りに見せる力を与えるからだ——ということを示すことが、この対話篇の中で試みられている。
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