東アジア共同体 東アジアの地域概念

東アジア共同体

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/10 22:41 UTC 版)

東アジアの地域概念

共同体構想における「東アジア」

東アジアの図。分類の基準により、その枠組が異なるため、単色で塗り分けることは現在では不可能である。

「東アジア」という地域の概念を考えることは、かなりの困難を伴う[5]

現在、政治的に範囲の定まった地域は東南アジアであるが[6]、アジアの他の部分は地域認識が非常に曖昧であり、一般に ASEAN10カ国に日中韓の3カ国を加え ASEAN+3 とされることが多い「東アジア」でさえも、たとえば、東アジアサミット (EAS) にインドが参加していることなどからも分かるように、その範囲は時と場合によって異なるというのが実情である[7]

地理的な観点から言えば「東アジア」とは“アジア大陸の東部に位置する、太平洋に面した地域”を意味し、「極東」とほぼ同義で、日本・朝鮮半島・中国を指していた。1993年世界銀行レポート『東アジアの奇跡』で初めて ASEAN が東アジアに一部として定義された。一方、国際連合による定義では日・朝鮮半島・中国(香港・マカオを含む)にモンゴルを加えた国と地域地理的な東アジアとして公表している。

そもそも第二次世界大戦以降、13カ国によって「東アジア」という地域単位が形成されるには大まかに分けて3つの要素があった。すなわち、冷戦構造における東アジア独自の政治・安全保障システム構築、1970年代NIEs 台頭から現在に至るまでの東アジア特有の雁行型経済発展の達成、権威主義から民主主義への体制移行による経済発展・ビジネスネットワークの拡大およびそれに伴う相互依存関係の深化である。このように現在の「東アジア」では、政治によって主導される地政学的要素よりも、経済的な観点を有する地理経済学的要素が強まっているという捉え方ができる。

最終的に、地域的な範囲が「地域」として人々の意識に根付くか否かは様々な事情によって決まり、またその過程は構造的要因と並んで様々な偶然で左右されるものである。

東アジアの経済規模と成長性

東アジアは、アジア通貨危機の発生する1997年まで、“東アジアの奇跡”とも呼ばれるほどの経済発展を遂げてきた。通貨危機後も概ね順調な回復を遂げており、今後も、国によって勢いの程度に差はあるものの、高成長を持続させていくものと考えられている。

シンガポール。中継貿易から加工貿易へと政策転換することで、工業国としての地位を築いた。

東アジアの高成長は、地域における主役を交代させることで達成してきた。第二次世界大戦後、東アジアにおいて経済発展の先陣を切ったのは、朝鮮戦争の特需により景気を回復させた日本であった。1970年代初頭のオイルショックの影響によって成長が減速するまでの、その経済成長は“東洋の奇跡”と称さるものであった。日本に続いたのが韓国、台湾、香港、シンガポールの、いわゆるNIEs諸国である。1960年代より、外国からの資本や技術の導入の促進を目的とする輸出志向型工業化政策の導入により輸出を拡大させることで、自国経済に成長をもたらした。NIEs諸国の成長にやや陰りが見られ、1980年代後半よりそれに代わる形で高成長を達成したのが、ASEAN原加盟国のうちシンガポールを除いた、マレーシア、インドネシア、フィリピン、タイの4カ国である。これらの国々は、外国企業による輸出を目的とした直接投資の受け入れや投資・輸出の促進により、経済成長を可能にした。なお、1990年代からはASEAN4カ国と同様に中国も、開発戦略による高成長を実現させている。

他の経済圏などとの人口・GDP比較(2016年)[8]
加盟数 名称・国名 人口 名目GDP 一人当たりGDP
13 東アジア共同体 16億000万人 19兆3100億ドル 38200ドル
10 ASEAN 6億3862万人 2兆5547ドル 4000ドル
25 EU 5億1180万人 18兆4000億ドル 3万5939ドル
4 メルコスール 2億8899万人 2兆8570億ドル 11337ドル
3 NAFTA 4億8318万人 21兆1440億ドル 4万3885ドル
- 中国 13億7867万人 11兆9910億ドル 8123ドル
- 日本 1億2699万人 4兆9093億ドル 3万8443ドル
- 韓国 5125万人 1兆4112億ドル 2万7539ドル

これら雁行型発展を成し遂げてきた東アジアを1つの地域として捉えると、東アジア13ヵ国は人口において EU の約4.4倍・NAFTA の約4.7倍、購買力平価 (PPP) による GNI では EU を上回りほぼ NAFTA に匹敵するなど、世界でも類稀な経済規模を誇る地域であることが窺える。さらに、日本を除く東アジア各国は、中国・インドネシアを筆頭に2020年まで軒並み高い成長率を達成することが見込まれており、例えば経済協力開発機構 (OECD) のレポート『2020年の世界』では、もし今後もグローバリゼーションと経済の自由化が順調に進展していくならば、中国をはじめとする東アジアは21世紀における世界の最もダイナミズムを持った発展の中心地になるであろうとの予測がなされている。具体的には、1995年から2020年までの経済の年平均成長率は、中国の8%を筆頭に、インドネシア7%、台湾、シンガポール、タイ、フィリピン、マレーシアが6.9%と予測されており、これはEU、NAFTAの2.8%、ラテンアメリカの5.3%を大きく引き離している。ただし、中国の成長率が2008年に10%に届かないどころか大きく下回ったため、この説は疑問視されている。また同レポートには、2020年時点での中国のPPPによるGDPは、世界の総GDPの約20%にも上り、米国の約11%、日本の約5%を大きく上回るというシナリオが描かれている。失業問題経済格差問題など克服すべき多くの課題を持つ中国が今後このシナリオ通りの発展を遂げる可能性については不透明であるが、いずれにせよ21世紀における経済発展の中核を担うことも充分に考えられる。そして、これらのことは、東アジアに経済共同体が出現すれば EU・NAFTA と肩を並べる大規模な経済共同体になる可能性をも示唆している。

東アジアにおける資本と労働力

東アジア経済の高い経済成長の要因として第一に挙げられるのが、飛躍的に拡大を続ける貿易である。東アジア諸国が日本から技術や生産財の提供を受け、安い労働力で安価な製品を生産することによって外貨を獲得し、それによって自国の経済発展にとって重要な原材料機械、技術などの輸入を可能にするというメカニズムが、東アジア諸国では日本が大きな役割を果たしてきた。

世界貿易の約20%に達するそのシェアは、アジア通貨危機後の一時期を除けば、1987-1988年、1994-1995年、2000年という3度の世界経済高成長期に対応した急速な拡大をはじめとして全体的に増加傾向にあり、とりわけ中国については1980年から2003年の間に貿易が20倍以上も増加、2003年の輸出入総額が対前年比37.1%増の8521億1000万米ドルになるなど、その上昇が顕著になっている。また、中国ほどではないものの、いわゆるCLMV諸国[9] に数えられるカンボジアやベトナムでも貿易の伸びが際立っている。

なお、機械産業や繊維産業などでは、日本から技術や生産財を調達し、生産品を域内内外に輸出するというシステムが構築されており、このため域内の貿易依存度でも輸出より輸入の方が高くなっている。

日中韓3カ国間の貿易関係も、日本が先端技術と資本を輸出し、中国の安価な労働力を使って生産を行うと言う経済構造・貿易構造を反映したものであり、日中間貿易では日本の入超、中韓間貿易では中国の入超、日韓間貿易では韓国の入超という三つ巴関係が成り立っている。

貿易と密接な関係にあり、また地域統合において貿易と同様に重要な役割が期待される投資問題については、最大の労働力を誇る中国が不公正な許認可制度や出資制限を日韓の企業に課していることから、域内にそれほど活発な相互依存関係は見られないのが現状である。

このような現状を受けて、日中韓3カ国は、投資協定の締結に向けた交渉の開始と日中韓自由貿易協定の促進する意思を2007年1月の日中韓首脳会談で一致させている。これは安倍政権の発足による日中・日韓の関係に改善の兆しを受けてのもので、外国企業への不当な差別や規制を撤廃し、現在の2国間協定では不十分となっている内国民待遇を相互に徹底させ、相互の投資を促進させる事を目的としたものである。この交渉では、中国が日韓の企業に課している許認可制度や出資制限などの緩和を協議し、中国において日韓の企業が中国企業と同等の条件で営業できるような規制緩和が求められ、また、知的財産権の保護や紛争処理の手続きにおける規則の整備、中国政府による行政手続きの透明化なども議論された。

直接投資については、日本が域内では支配的な位置を占めている。これは、直接投資を行う際に必要な資金、技術などを先進国が豊富に所有しているためである。東アジアにおける直接投資国は、1980年代から1990年代初めまでは日本のみであった。1990年代以降になるとNIEsがこれに続き、現在では中国やマレーシアも対外直接投資を展開している。 このような流れの中で、東アジア3カ国における直接投資流入の世界に占めるシェアは1994年の15.4%から2000年には4.7%へ、直接投資流出の世界に占めるシェアは、1990年の20.4%から2000年には3.4%へと、それぞれ激減している。また、3カ国間での直接投資流出入も活発ではなく、そのシェアは1995年の9.8%から2000年には6.1%へと減少した。通貨危機による影響も無視はできないが、それでも同時期の域内貿易比率と比較すれば、域内投資は極端に少ない。

これらの最大の原因として、東アジアの域内投資の大半は最大の供与国である日本(香港マカオを除く)に依存しており、日本の東アジアへの直接投資は活発化していない事が挙げられる。これは"失われた10年"とされる日本経済の長期停滞やアジア通貨危機の影響、中国へのリスク感・不信感(チャイナリスク)を背景とする対中投資の不振などに因るものである。


  1. ^ ベラ・バラッサは地域統合をそのレベルによって、域内関税が撤廃された自由貿易地域、域外関税が共通化された関税同盟資本労働の移動が自由化された共同市場、租税措置・各種規制・経済政策が共通化された経済同盟、予算制度や通貨措置が一本化された完全経済同盟の5つに分類している。
  2. ^ 東南アジア諸国と中国は、1997年から継続されてきたASEAN+3を東アジア共同体達成の主要な手段と考えてきた。2005年の第9回ASEAN+3首脳会議で採択されたクアラルンプール宣言において、ASEAN+3を「東アジア共同体達成をするための主要な手段」と明記したのに対して、2日後に同じくマレーシアクアラルンプールで開催された第1回東アジアサミットでは、東アジアサミットを「共同体の形成に重要な役割を果たしうる」と位置づけた。
  3. ^ 2005年1月21日、第162国会施政方針演説
  4. ^ 2009年9月9日
  5. ^ 地理的区分としてのアジアについてさえ、殆ど合意が存在しないという現状で、政治的に意味のある「地域」としての「東アジア」を考えることは難しく、一般に西アジア中央アジア南アジア、東アジア(北東アジア・東南アジア)として区分されるアジアであっても、言語圏、宗教圏、政治圏といった枠組みで考える際にその範囲は実にあやふやなものとなる。
  6. ^ 東南アジア諸国連合 (ASEAN) が1999年に現在の10カ国体制になって以降、この10カ国の領域を東南アジアと定義付けるのは、域内外を問わず多くの人にとって納得のいく状況である。
  7. ^ 現在では広義の東アジアとして、北はモンゴル、西はパキスタンまでの北東・東南・南アジアまでを東アジアとして捉える動きも出始めている。
  8. ^ 目で見るASEAN -ASEAN経済統計基礎資料-』外務省アジア大洋州局地域政策課、平成29年8月
  9. ^ 1990年代にASEANに加盟した4ヵ国の総称。カンボジア(Cambodia)、ラオス(Laos)、ミャンマー(Myanmar)、ベトナム(Vietnam)の頭文字を取ったもので、後発ASEAN諸国に当たる。
  10. ^ 東南アジアに対し、いかなる干渉からも自由、平和、中立的な地帯を設立するため、1971年クアラルンプール宣言として採択されたもの。
  11. ^ 1976年2月のバリにおける首脳会議で署名・発表された宣言。加盟国国民の平和、進歩、繁栄および福祉の促進に努力し、経済や社会、文化、政治などの分野におけるASEANの成果の定着化と協力の拡大を目指した。2003年10月にはこれに続く第二ASEAN協和宣言も署名された。
  12. ^ 国連憲章に基づく、域内諸国間における平和的な関係を維持・管理するための国際的合意。1992年の国連総会で承認された。現在11カ国が加盟。
  13. ^ アジア太平洋地域における政治・安全保障分野を対象とする全域的な対話のフォーラム。安全保障問題について議論するアジア太平洋地域における唯一の政府間フォーラムで、ASEANを中核としていることが特徴として挙げられる。現在の参加国は、ASEAN・日本・中国・韓国・豪州・ニュージーランド・インド・モンゴルパキスタンパプアニューギニア東ティモール北朝鮮・米国・カナダロシア・EU。
  14. ^ 欧州委員会が1994年7月に作成し、その後EUとしての対アジア政策の基本文書となった報告書。世界経済の成長原動力としてのアジアに注目し、政治対話の促進や市場開放の要求など、政治・経済協力を網羅する包括的なアプローチの必要性を強調している。
  15. ^ 日本とASEANの首脳の対話の緊密化、地球規模の問題への共同取り組み、多角的な文化協力の3つを柱とする内容であった。
  16. ^ 政治権力者が血縁者などに対して意図的に経済所の利権を配分し、それにより経済を発展させる手法の事。縁故主義とも。
  17. ^ 円借款・輸銀融資など実体経済回復のための中長期の資金支援と、経済改革過程の短期資金需要に備える短期の資金支援に加え、保証・利子補給などを目的にアジア通貨危機支援基金をアジア開発銀行(ADB)に創設したもの。
  18. ^ 東アジアの中長期ビジョンを考える有識者からなるグループ。EAVGの報告・提言を政府レベルの東アジア・スタディ・グループ(EASG)が検討し、ASEAN+3首脳会議で報告される。これまで具体的には、東アジア共同体の設立を目指す事や、ASEAN+3を東アジア・サミットに移行させる事を提案した。
  19. ^ 中国とASEANの企業政府機関、投資関係者らが一堂に会し、各国および各企業の紹介や製品展示をしている。広西チワン族自治区南寧で毎年開催。同時にASEANビジネス・投資サミットも開催する。
  20. ^ 2004年の中国ASEAN首脳会議で発表された、中国とASEANとの2009年までの協力計画。またこの会議では併せて「中国ASEAN包括的経済協力枠組み合意の貨物貿易に関する合意」「中国ASEAN紛争解決システム合意」「中国ASEAN運輸協力了解覚書」にも調印している。
  21. ^ GATTの目標は、公正で無差別の原則に沿って国際貿易を拡大させる事であり、基本原則として自由・無差別な最恵国待遇(MFN)を掲げている。
  22. ^ ODAを活用して開発に取り組んできた東アジア諸国が、それまでの開発経験を振り返る事で今後の一層の開発を達成するために行う意見交換会。内容は閣僚共同声明として発出され、これにより東アジアにおける新しい開発課題とその方向性についての認識を共有し、域内諸国が一体となって開発問題に取り組む意志を表明する。参加者は、ASEAN+3の外務大臣と開発担当大臣。
  23. ^ 将来の日本とASEANとの関係の基本的方向性の指針となる、歴史的文書。過去30年の、日本・ASEAN関係を回顧した上で、新時代における日本・ASEAN関係発展のために、協力関係の共通の基本原則と価値観、行動のための共通戦略、実施のための措置、の3点に合意した。正式名称は「新千年期における躍動的で永続的な日本とASEANのパートナーシップのための東京宣言」。
  24. ^ 日本とASEAN諸国との協力関係の指針となる「日本・ASEAN東京宣言」に基づき、近い将来実施する100以上の具体的措置をまとめた計画。過去に築かれた関係を基礎としつつ、首脳間のイニシアティブの下、様々な分野における具体的協力案件の着実な進展を通じて、日本とASEANとの一層の関係強化と、東アジア及び国際社会全体の安定及び繁栄に貢献する主体として協働するもの。包括的経済連携・金融通貨協力の強化、経済発展及び繁栄のための基礎の強化、政治及び安全保障面での協力・パートナーシップの強化、人材育成、交流、社会文化協力の促進、東アジア協力の深化、地球規模問題への対処における協力という、6つのポイントを軸に行動するとしている。
  25. ^ 最終的にはフィリピンのセブで開催。
  26. ^ その枠組みがASEANに拡大された場合には経済的効果は一層大きくなるとの報告がなされている
  27. ^ 韓-日 역사 인식 바꾸자 MBCNEWS 20100102
  28. ^ GATTにおける各国の多角的貿易交渉の事。
  29. ^ 金子芳樹「マハティールの政治哲学とEAEC構想 (特集 〔大東文化大学 国際比較政治研究所 第10回シンポジウム〕 ASEAN体験の継承と東アジア共同体) -- (第2セッション:ASEAN体験の継承と東アジア共同体)」『国際比較政治研究』(15)、2006年3月、41頁
  30. ^ 香川孝三・金子由芳『法整備支援論―制度構築の国際協力入門』ミネルヴァ書房 (2007/04)
  31. ^ a b 内閣官房「東アジア共同体構想に関する今後の取組について」(平成22年6月)
  32. ^ 通貨スワップ(一時的に外貨を必要とする国が売り戻し条件付きで自国通貨で外貨を購入する事)とレポ(保有する外国国債を買い戻し条件付きで売却して外貨を入手する事)によって、通貨危機の再発防止に寄与するものと期待される。
  33. ^ 現在の国連アジア太平洋経済社会委員会。
  34. ^ ACUは、アジア域内の貿易促進を目指し、国際取引の支払いを米ドルに依存せず、多角的に決済できるようにするもの。加盟国が赤字であっても決済メカニズムが有効に働くようになっており、その決済はアジア通貨単位で行われる事になっていた。ACUをさらに発展させたものがAPUである。米ドル圏との関係を維持する事を目指した日本の大蔵省が反対したため共に東アジアで成立する事はなかったが、もし成立していたならば、東アジアの資本市場のインフラは整備され、アジア通貨危機を回避する事ができたかもしれないと言われる。
  35. ^ アジア共通通貨導入の是非を評価した14研究のうち、ASEAN+3を最適と結論付けている研究は1つも無い。とりわけ、ASEAN新規加盟5カ国が懸念材料となっており、1研究(Bayoumi, Eichengreen and Mauro(2000年))を除く13研究が5カ国を最適通貨圏から省いている。
  36. ^ 1985年に1.85:1であった都市と農村との所得格差は次第に顕著になり、2002年には3.30:1にまで拡大している(出典:『中国統計適用』2002年版・2003年版)。国民1人当たりのGDP値が800-1,000ドルの国では一般に1:1.7が平均値となっており、中国は格差が非常に拡大している事がわかる。ジニ係数で見れば1988年の0.382から1994年に0.434、2000年0.458へと上昇し、社会が公平な状態である0.3-0.4、警戒状態を差明日0.4-0.6、社会的な動乱が発生してもおかしくない0.6-のうち、既に警戒水準にまで達している。
  37. ^ 米国側の見解として、EAEG構想については、1991年3月にマイケル・アマコスト駐日大使が「1989年末に結成したAPEC閣僚会議の活動を阻害する」と批判し、EAEC構想については同年11月に訪日したジェームズ・ベーカー国務長官が「EAECは太平洋に線を引き日米を分断する構想で、絶対に認められない」と語っている。
  38. ^ 2005年2月19日
  39. ^ 2008年10月15日に開催された東アジア共同体評議会の第29回政策本会議において
  40. ^ 有識者の一人[誰?]は、"このままでは日本は東アジアでの地域統合に向けたプロセスから取り残され、孤立する事は確実な情勢だ。この最悪のシナリオを回避するためにも、日本が中核となって発展していく地域統合の重要性を認識し、不変ではない日中・日米・米中関係を含む世界情勢の変化を見据え、それに対応した日本の自主的かつ多角的な外交が必要となってくる。21世紀の世界経済における三極構造のなかで、米国や欧州との協調を保ちつつアジアに軸足を置いた対中・対アジア政策の展開が不可欠であり、その先にある東アジア共同体構想は米国の東アジアへの関与と日米関係をさらに発展させるものと構想されなければならない。EUの安定した秩序形成によって発展した米欧関係のように、東アジア地域の形成と両立する秩序構想によって米アジア関係が発展するようなプロセスが重要となってくる。"と警笛を鳴らす。
  41. ^ 外務省「東アジア共同体に係る我が国の考え方」平成18年11月
  42. ^ 第165回国会における安倍内閣総理大臣所信表明演説平成18年9月29日2006年の所信表明演説で安倍晋三は、「ヒト・モノ・カネ・文化・情報の流れにおいて、日本がアジアと世界の架け橋となる「アジア・ゲートウェイ構想」を推進すると述べ、日本を拠点として、ヒト・モノ・カネといった資本の移動の自由化を進める構想であるアジア・ゲートウェイ構想を提唱・推進した。
  43. ^ 首相官邸『アジアゲートウェイ構想の概要』 平成19年5月16日 (PDF)
  44. ^ 首相官邸『アジア・ゲートウェイ構想の概要』-平成19年5月16日
  45. ^ 首相官邸『世界経済とのさらなる統合 ?経済連携をバネに日本を拠点に世界へ』
  46. ^ 「東アジア共同体」推進を朝日新聞(東アジア共同体評議会)、2005年6月2日。
  47. ^ 豪州とのEPA交渉の開始が決まった後に、農産物の輸入増加を嫌う日本の農家が抗議デモを実施し、2006年11月に予定されていたこの交渉が悪天候により延期されると、農業関係者は「神風が吹いた」と歓喜の声を上げた。
  48. ^ 市場価格に対し、政府が直接・間接に介入する事で上限あるいは下限を設けて価格を一定の範囲に制限する政策。
  49. ^ 現在、フィリピンとの2国間FTAにおいて看護師介護士の受け入れ問題が注目を集めている。年間に約2万人もの看護師・介護士を世界中に送り出しているフィリピンは、海外から本国への送金を貴重な外貨獲得源としており、日本に対しても労働者の受け入れを要求してきた。 しかしながら外国人の看護師・介護士の受け入れに対しては、日本国内では賛否両論がある。賛成派がこれからの少子高齢化社会と現在の看護師・介護士の不足を理由に海外からの人材の必要性を主張するのに対し、日本人看護師・介護士をはじめとする多くの反対派は、人命に関わる仕事である医療サービス分野では、言語の壁で意志の完全な疎通が難しい外国人に任せられないと反論している。また、安価な外国人労働者流入に伴う日本人の労働条件の低下を懸念する声もある。フィリピンからの労働力受け入れについてはこれらの声も考慮し、2006年9月のFTA調印では、日本での国家資格取得(つまり日本で資格を再取得する事)と一定以上の日本語能力を条件に受け入れる事が盛り込まれた。
  50. ^ タイ政府は日本とのFTA交渉において、準専門的職種である介護士調理師に加え、正式な資格を要しない単純労働者に当たる家事補助者やベビーシッターなどの受け入れも求めている。
  51. ^ 2009年8月27日ニューヨークタイムズ
  52. ^ 2009年8月17日 朝鮮日報
  53. ^ 鳩山代表に欧米から反発噴出 「東アジア共同体」に「友愛」 2009年8月31日Jcastニュース
  54. ^ 民主党の「東アジア共同体」構想の経済的影響 2009年9月4日サーチナ
  55. ^ 2010年6月15日に発足した民主党の衆参両院議員による「東アジア共同体議員連盟」の会長である鳩山由紀夫は、2010年9月10日、ロシア北西部ヤロスラブリで開催された「世界政策フォーラム」で講演し、東アジア共同体構想に「ロシアも視野に入れる発想が求められている。(メドベージェフ大統領が「ロシアをアジア・太平洋地域に統合させていくとの方針を示している」との見方を指摘した上で)日本とロシアが手を組んで、ベトナムなど東南アジアの国々の開発に協力するような新しい発想で広範な地域に渡る協力関係の構築が必要だ」と述べている。





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