黄熱病謀略
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「ルーク・ブラックバーン」の記事における「黄熱病謀略」の解説
南北戦争で最後の大きな戦闘があった日の数日後にあたる1865年4月12日、南軍の二重スパイ、ゴッドフリー・ジョセフ・ハイアムズがトロントのアメリカ合衆国領事に接触し、ブラックバーンがアメリカ合衆国北部の都市で黄熱病を流行させようとした陰謀について情報を持っていると主張した。ハイアムズは、ブラックバーンには1863年12月にトロントのクイーンズホテルで、南軍のスパイであるスチュアート・ロビンソンから紹介されたと語った。ハイアムズに拠れば、ブラックバーンが黄熱病に感染した患者が着ていた衣類のトランクを、マサチューセッツ州ボストン、ペンシルベニア州フィラデルフィア、ワシントンD.C.、ノースカロライナ州ニューバーン、バージニア州ノーフォークに密輸するのを手伝うことに、ハイアムズが合意した。ニューバーンとノーフォークの2市は当時北軍に占領されていた。ハイアムズはトランクの中身を中古衣類商人に売るよう指示され、19世紀の考え方に従って黄熱病は接触感染で広がると思っており、主要都市に汚染されたものを広めることにより、北部の戦争遂行努力を挫くことになる疫病を始めさせられると考えていたと語った。ハイアムズはさらに、ブラックバーンがしゃれたシャツでスーツケースを満たし、それをホワイトハウスのエイブラハム・リンカーン大統領の元に配達し、それらが特命の称賛者からの贈り物だと伝えるように言われた。ハイアムズはこの任務を果たした時にはブラックバーンが報酬として6万ドルを渡すと約束したとも語っていた。ハイアムズは合意したようにトランクは配達したが、リンカーン大統領へのスーツケースは配達しようとしなかったと主張した。その証言に従えば、その行動に対して通常の報酬以上のものを受け取っておらず、それが当局にその謀略を伝える動機の一部になったと言っていた。 ハイアムズの証言とは別に、バミューダの役人が、ブラックバーンは汚染された衣類や下着を集めていたという情報を得ていた。この情報に拠れば、ブラックバーンはセントジョージズのホテル・オーナーであるエドワード・スワンと契約して、1865年半ばまでそれを保管し、その後ニューヨーク市に向けて出荷するよう依頼した。おそらくニューヨーク市で疫病を流行らせるためだったと考えられている。バミューダの役人はこの情報に従って行動し、スワンのホテルを襲撃して衣類と下着が詰まったトランク3個を見つけた。それらには黄熱病の兆候である「黒い吐瀉物」の染みがあった。スワンは逮捕され、土地の保健衛生規則違反容疑で告発された。トランクの中身は硫酸に浸漬され、その後埋められた。 ハイアムズがカナダ当局にその話を語ってから2日後にリンカーン大統領暗殺事件が起こり、アメリカ連合国大統領ジェファーソン・デイヴィスとそのカナダにおける協力者に暗殺事件を結びつけるために、ブラックバーンを逮捕することにアメリカ合衆国の関心が高まった。アメリカ合衆国軍事司法局が殺人未遂容疑でブラックバーンの逮捕を命じたが、ブラックバーンはカナダにいたために軍事司法局の管轄が及ばず、逮捕できなかった。その後バミューダで衣類と下着の保管物が発見され、カナダ当局が動くことになった。カナダ当局は1865年5月19日にブラックバーンを逮捕し、南北戦争中のカナダの中立を犯した容疑で告発した。ブラックバーンは保釈金8,000ドルで裁判のために拘束された。1865年10月、トロントの裁判所は、衣類のトランクがノバスコシアに向けて発送されたので、それは裁判所の管轄外にあると判断し、ブラックバーンを無罪とした。殺人に関わる陰謀に対する告発は、ブラックバーンの弁護士がそのような告発は被告が国の首長の命を狙ったときのみに告発されることを裁判所に思い出させて、取り下げとなった。ブラックバーンは裁判所で証言せず、何年か後に「知性有る紳士が信じるにはあまりに馬鹿げたこと」と非難したときが唯一の発言機会だった。 歴史家達はブラックバーンに不利な証拠の効力について意見の一致をみていない。アメリカ合衆国政府とアメリカ連合国政府のこの事件に関する記録の多くは失われた。アメリカ海軍の軍医J・D・ヘインズは刊行物『アメリカの内乱』の中で、ブラックバーンに不利な証言をした南軍のスパイは問題のある人物だったと記した。特にハイアムズは刑事免責令を受けており、その証言で報酬を受けていた。ヘインズはまた、ブラックバーンの以前の人道主義者としての評判が無視されたことを指摘した。リンカーン暗殺によるヒステリーの中で、陰謀説が溢れ、北部人はアメリカ連合国支持者なら誰でも最悪のものを信じる傾向にあった。「ニューヨーク・タイムズ」はブラックバーンを「黄熱病の悪魔」や「ぞっとする悪魔」と中傷した。歴史家のエドワード・スティアズはブラックバーンに不利な証拠が状況証拠だと認めたが、その著書『月の血』の中で、ブラックバーンが陰謀に関わったことを示すだけでなく、ジェファーソン・デイヴィスまでを含めアメリカ連合国の高官がそれを知り、容赦し、資金を出していたことを示す十分な証拠が残っていると主張した。もし事実ならば、ブラックバーンの陰謀は最初期の生物兵器になっていたことになる。
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