すし‐や【×鮨屋】
鮓屋
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/26 10:05 UTC 版)
三段目の切。ここに出てくる釣瓶鮓とは熟れ鮨でありそれを製造販売する店で、もっぱら桶売りを行っている。この鮓に使う桶が話の上で深く関わることになる。 いがみの権太は前段「椎の木」を見ると手のつけようが無い悪党だが、この「鮓屋」では最後には家族ともども主筋のために命を捨てる善人となる。「もどり」とよばれる浄瑠璃・歌舞伎の作劇法だが、権太の場合は、父親に刺されたのち本心を吐露し、母親に抱かれながら死んでいくという役柄で、肉親の情愛が強調されるほど、権太の自己犠牲が悲劇性を帯びてくる。本来二枚目役の十五代目市村羽左衛門は、不良の権太を江戸前風に格好よく見せた。一方、二代目實川延若は権太を上方の田舎のごろつきらしく見せ、このふたりが「権太の双璧」といわれた。 しかし実は権太の行動は、原作の浄瑠璃の本文を読む限りにおいては、いきあたりばったりの感が強い。父弥左衛門に刺されたあとの権太の述懐を抜き出すと、以下のようなことを述べている。 「維盛様御夫婦の、路銀にせんと(母親から)盗んだ銀(かね)、重いを証拠に取り違えた鮓桶…」 「…生れ付いて諸勝負に魂奪はれ、けふもあなたを二十両、騙り取ったる荷物の内に、恭しく高位の絵姿、弥助が顔に生きうつし。合点がいかぬと母人へ、銀の無心をおとりに入り込み、忍んで聞けば維盛卿、御身に迫る難儀の段々。此の度性根改めずばいつ親人の御機嫌に、預かる時節も有るまいと打ってかへたる悪事の裏、維盛様の首は有っても、内侍若君のかはりに立てる人もなく、途方にくれし折からに、女房小せんがせがれを連れ、親御の勘当、古主へ忠義、何うろたゆる事が有る、わしと善太をコレかうと、手を廻すればせがれめも、かか様と一所にと倶に廻して縛り縄…」 要するに、権太の行動を整理すると次のようになる。 ①権太は、若葉の内侍たちを見かけてこれをよいカモだと思い、因縁をつけ博打で使う金をゆすり取ろうとし、結果二十両を得ることに成功した。しかしいったん取り替えた小金吾の荷物の中に高位の人物の絵姿があり、これが実家にいる下男の弥助に瓜二つなのを不審に思った。 ②そこで弥助のことが気にかかり、実家の釣瓶鮓屋に顔を出したが、ついでに母親から三貫目の金を騙し取った(この時点では権太は弥助が維盛であること、まして金をとった内侍たちが維盛の身内だとは知らない)。 ③そこへ弥左衛門が帰ってきたので近くの物陰に身を隠したが、このとき弥助が維盛であること、また弥左衛門と維盛の父重盛との関係について知る。さらに身を潜めるうち、若葉の内侍と六代が訪れ、自分が金をゆすり取った相手が維盛の身内だったことも知る。 ④そして梶原景時が来るという知らせに維盛たちが落ち延びると、飛び出してそのあとを追いかけた。このとき鮓桶を持ち去ったのは、桶の中の金を維盛夫婦の路銀にしようと思ったのだという。 ⑤ところが桶の中身が若い男の生首であることに気付き、これを維盛の身替りにしようと考えた。しかし内侍と六代の身替りにする者がおらず困っていたところ、小せんが善太を連れて自分たちを身替りにするよう願い出たのでそれを承知し、縛って梶原に突き出した。 こうしてみてみると、②で権太が母親から金を騙し取ったのが「維盛様御夫婦の路銀に」などというのはどう見ても後付けである。また⑤においても、小金吾の首と妻子の犠牲が偶然に得られたからこその「身替り」であり、最初から「身替り」など考えてはいなかった。結局権太は③の時点で改心したのであり、改心はしたものの実際には、④で維盛たちの後を追いかけ、とりあえず三貫目の金を渡すことぐらいしか考えていなかったことになる(維盛たちに追いついたあと、ほかにどうするつもりだったかについては触れられていない)。だがこのなりゆきに任せた身替りの計略は、最初から梶原景時に見破られていたのである。頼朝は維盛の命を助けるよう景時に命じ、景時はその意を込めた頼朝の陣羽織が維盛に渡るよう仕向けていた。つまり頼朝や景時の手の上で権太は踊らされていたのであり、そして最後は逆上した父親の手にかかって死ぬ。 『義経千本桜』は3人の浄瑠璃作者の合作によって書かれたが、この三段目の執筆は並木千柳(宗輔)が担当したという。千柳こと宗輔の単独作には、せっかくの犠牲が無駄に終るという展開が見られるが、この『千本桜』の権太においても、そうした宗輔の作意が伺えるようである。それは所詮田舎の、若いチンピラ風情の哀れさを物語っているともいえよう。ちなみに大阪弁で「やんちゃな子供」を意味する「ゴンタ」は、このいがみの権太に由来する。
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