隠居後から大政奉還とは? わかりやすく解説

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隠居後から大政奉還

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/06 03:12 UTC 版)

山内容堂」の記事における「隠居後から大政奉還」の解説

藩主の弟・豊範に藩主の座を譲り隠居の身となった当初、忍堂と号したが、水戸藩藤田東湖薦めで容堂と改めた[要出典]。容堂は、思想四賢侯共通する公武合体派であり、単純ではなかった。藩内の勤皇志士弾圧する一方朝廷にも奉仕し、また幕府にも良かれという行動取ったこのため幕末の政局混乱もたらし世間では「酔え勤皇覚めれば佐幕」と揶揄され、のち政敵となる西郷隆盛から「単純な佐幕派のほうがはるかに始末がいい」とまで言わしめる結果となった[要出典]。 謹慎中に土佐藩ではクーデター起こった桜田門外の変以降全国的に尊王攘夷主流となった土佐藩でも武市瑞山首領とする土佐勤王党台頭し、容堂の股肱の臣である公武合体派吉田東洋対立遂に文久2年4月8日1862年5月6日東洋暗殺する至ったその後瑞山門閥家老らと結び藩政掌握した文久3年8月18日1863年9月30日)、京都会津藩薩摩藩による長州藩追い落としのための朝廷軍クーデター八月十八日の政変)が強行され、長州側が一触即発事態回避したため、これ以後しばらく佐幕派による粛清猛威復活した。容堂も謹慎解かれ土佐帰国し藩政掌握した以後隠居身ながら藩政影響与え続けた。容堂は、まず東洋暗殺した政敵土佐勤王党の大弾圧乗り出し党員片っ端から捕縛投獄した首領瑞山切腹命じられ、他の党員死罪などに処せられ、逃れることのできた党員脱藩し土佐勤王党壊滅させられた。同年末、容堂は上京し朝廷から参預に任ぜられ、国政諮問機関である参預会議参加するが、容堂自身は病と称して欠席多く短期間崩壊した東洋暗殺直前脱藩していた土佐志士たち(坂本龍馬中岡慎太郎土方久元)の仲介によって、慶応2年1866年1月22日薩長同盟成立した。これによって時代明治維新へと大きく動き出した慶応3年1867年5月薩摩藩主導設置され四侯会議参加するが、幕府権力削減を図る薩摩藩主導を嫌い、欠席続ける。結局この会議短期間崩壊した。しかし同5月21日には、薩摩藩士の小松帯刀京都邸において、中岡慎太郎仲介により土佐藩乾退助谷干城と、薩摩藩西郷隆盛吉井友実らが武力討幕議して薩土密約締結。翌22日に乾によって密約内容報告され、容堂は大坂でアルミニー銃300挺の購入許可したその後、容堂は乾を伴って6月初旬土佐帰国。 ところが、容堂や乾と入れ違い上洛した、坂本龍馬後藤象二郎らは、薩土密約締結から約1か月後にあたる6月22日京都料亭にて、大久保利通西郷隆盛土佐藩後藤福岡孝弟寺村左膳真辺栄三郎議して武力討幕ではなく大政奉還による王政復古目標掲げ薩土盟約締結した。この薩土盟約は約2か月半で早々に瓦解し、乾と西郷結んだ薩土密約次第重視せられ、土佐藩全体徐々に討幕路線近付いていくことになる。 容堂は自身藩主にまで押し上げてくれた幕府恩義感じて擁護し続けたが、倒幕へと傾いた時代止めることは出来なかった。幕府委託されている政権朝廷返還する案を坂本より聞いていた後藤は、これらを自分の案として容堂に進言した[要出典]。容堂はこれを妙案考え老中板倉勝静らを通して15代将軍・徳川慶喜建白した慶喜は「日本国為に徳川家康開いた幕府を、日本国為に自分葬る覚悟」で慶応2(1866)年12月5日将軍職拝命し、翌慶応3年10月14日1867年11月9日朝廷政権返還した

※この「隠居後から大政奉還」の解説は、「山内容堂」の解説の一部です。
「隠居後から大政奉還」を含む「山内容堂」の記事については、「山内容堂」の概要を参照ください。

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