酸素と抗酸化物質
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/27 02:14 UTC 版)
まず、生物化学的観点に立つと、多くの好気的生物では生体内の分子状酸素は、そのほとんどがミトコンドリアでの ATP産生において消費され、最終的には酵素的に還元されて水分子に変換され(詳細は記事ミトコンドリアや電子伝達系を参照のこと)、少量の酸素がヒドロキシル化代謝反応のオキシゲナーゼ酵素の基質として利用される。また特筆すべきは活性酸素種ですら、白血球が貪食した細菌に示す殺菌作用物質として白血球内部で発生したり、活性酸素シグナリングのように局所的な化学伝達物質として利用されるなど、存在場所と反応対象を代謝系が制御している状態で積極的に酸素が利用されることである。 酸素が関与する酸化反応は生命にとって極めて重要であるが、化学種としての分子状酸素は反応性が高いために活性酸素種に変換される。このプロセスは非生物化学的であり必ずしも生物物質や酵素の関与だけに限定される現象ではない。なので環境が整えば、それは生体でもそうだし、精肉など食品でもそうだが、酸素は活性酸素プロセスを通じて周囲の水、不飽和脂質、その他の容易に酸化される生体物質に対して変質や不都合な化学反応を引き起こす。この場合の活性酸素プロセスはラジカル連鎖反応であり、生体内で最も豊富に存在する水を起点として連鎖的に他の物質をラジカル化する(詳細は活性酸素を参照)、発生した過酸化脂質あるいは過酸化脂質ラジカルは周囲の生体物質とさらに反応して細胞膜やタンパク質を変性させたり DNA切断を引き起こすなど、細胞に損傷を与える。このような生体反応は酸化ストレスとして知られており、細胞損傷や細胞死の原因の一助となる。 この時、抗酸化物質が存在する生化学システム上の意義は、活性酸素とその関連する物質をシステムから排除するために、不都合に発生した活性酸素種やそれが生体物質と反応したラジカル中間体と反応することで酸素由来の有害反応を停止させることにある。あるいは直接、抗酸化物質が活性酸素種などと反応するのではなく、触媒的に分解代謝する抗酸化酵素とも称される一連の酵素が存在する。酵素は基質特異性を持ち、活性酸素の分子の種類が異なれば、関与する酵素も異なるし、ある活性酸素種の分子を基質する酵素についても複数存在し、その散在部位も酵素の種類によって異なる。具体例を挙げるならば活性酸素種の一つである過酸化水素は酵素であるカタラーゼの作用で水と分子状酸素に分解されるということである。あるいはスーパーオキシドディスムターゼ、ペルオキシダーゼ類など有害な酸素由来の生成物を無害化する酵素が存在する。低分子の抗酸化物質のいくつかはこれらの酵素の基質あるいは補欠分子族として有害反応の制御に関与する。たとえばカタラーゼは単独で過酸化水素を分解排除するが、抗酸化物質として知られているグルタチオンは、過酸化水素や過酸化脂質を代謝するグルタチオンペルオキシターゼの基質として消費される。 活性酸素の発生部位として代表的なものにミトコンドリアおよび葉緑体が挙げられる。いずれも金属を酵素活性中心に持つ「電子伝達系」と呼ばれるオキシターゼの複合体が効率的に酸化還元反応を繰り返しエネルギー代謝の根幹をなしている。とはいえ、わずかの代謝損失が存在し、それはおもに副反応であるフェントン反応により、中心金属が活性酸素種を生成する。 このよう活性酸素種が原因の酸化ストレス順応の化学進化は様々な生体内の抗酸化物質を生み出してきた。海洋生物から陸生生物への進化一環として、陸生植物はアスコルビン酸(ビタミンC)、ポリフェノール類、フラボノイド類およびトコフェロール類のような海洋生物には見られない抗酸化物質の産生を始めた。さらに、ジュラ紀後期以降に地上で繁栄した被子植物は、多くの抗酸化色素を多様化させた。それは光合成時に発生する活性酸素種の障害に対する防御化学物質が多様化し、より精巧になったことを意味する。
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