解決までの道のり
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/03/28 22:35 UTC 版)
「マクスウェルの悪魔」の記事における「解決までの道のり」の解説
この問題は1世紀以上に渡って科学者を悩ませることとなった。 一見すれば、マクスウェルが言うように、この「悪魔」の振る舞いにエネルギーの散逸が必要となるようには思われないが、これを認めれば永久機関も容易に実現できることになってしまう。 この悪魔を葬るためには、悪魔の振る舞いがそもそも物理的にどのようなものであるかを解明することが必要であった。 実際、これは観察により情報を得るという情報論的な概念と、統計力学ひいては熱力学との関係を問う問題であり、量子論とは別の角度から物理学にとって観測とは何かという問題を提起するものであった。 この問題に格闘する過程で、現在の情報科学につながる重要な知見が生み出された。 物理学者レオ・シラードは、1929年にマクスウェルのモデルを単純化して 1 分子のみを閉じ込めたシラードのエンジン(後述)と呼ばれるモデルを用い、 悪魔が同じ大きさの 2 つの部屋のどちらに分子があるかを観測するということにより、熱力学の単位で ΔS = k ln 2 だけのエントロピーが減少することを示した。 ただし、k はボルツマン定数である。 この ΔS は現在 1 ビットと呼ばれている情報量に他ならない。 シラードの洞察は、元々気体運動に対して構築された概念であるエントロピーと、情報を得るということ、もしくは知識をもつということの間に深いつながりがあることを示し、また、ボルツマン定数とは実は情報量の単位と物理学の単位を変換する比例定数であることを明らかにした。 シラードは、全体の系のエントロピーは減少しないはずなので、悪魔が観測によって情報を得ることによってそれ以上のエントロピーの上昇を伴うだろうと結論した。 実際、レオン・ブリユアンとデニス・ガボールは1951年、それぞれ独立に悪魔を光による観測に置き換えて物理的解析を行ない、その観測の過程で相応するエントロピーの増大が起こることを示した。 これによって、観測には最低限必要なエネルギー散逸が伴うのだという主張が、長らくマクスウェルの悪魔に死を宣告するものだと考えられてきた。 ところが、悪魔は完全には葬りさられていないことが明らかになった。 1973年、IBM のチャールズ・ベネットは、熱力学的に可逆な(元に戻すことができる)観測が可能であり、こうした観測においてはブリユアンらが指摘したようなエントロピーの増大が必要ないことを示したのである。 これに先立つ1961年、同じく IBM の研究者であったロルフ・ランダウアー(英語版)によって、コンピュータにおける記憶の消去が、ブリユアンの主張した観測によるエントロピーの増大と同程度のエントロピー増大を必要とすることが示されていた (ランダウアーの原理)。 ベネットが甦らせた問題は、このランダウアーの原理と組み合わせることによってベネット自身により解決された(1982年)。 エントロピーの増大は、観測を行なったときではなく、むしろ行なった観測結果を「忘れる」ときに起こるのである。 すなわち、悪魔が分子の速度を観測できても観測した速度の情報を記憶する必要があるが、悪魔が繰り返し働くためには窓の開閉が終了した時点で次の分子のためにその情報の記憶は消去しなければならない。情報の消去は前の分子の速度が速い場合も遅い場合も同じ状態へ遷移させる必要があり、熱力学的に非可逆な過程である。 このため悪魔の振る舞いを完全に完了させるためには、エントロピーの増大が必然のものとなる。 なお、ベネットと同様に悪魔の記憶の消去が環境へのエントロピーの増大を招くという洞察は1970年にオリバー・ペンローズによっても独立に成されていた。 また、ベネットの「解決」は発表後多くの議論を巻き起こし、基本的には受け入れられたかにみえる現在もなおマクスウェルの悪魔に関する文献は増え続けている。 「情報消去は論理的に不可逆なので、熱力学的にも不可逆である」という議論がなされるが、沙川貴大によればこれは誤りである。1980 年代から広く受け入れられてきた「情報の消去を考えることで初めて、デーモン(悪魔)と(熱力学)第二法則の整合性を理解できる」という主張は妥当ではない。デーモンと第二法則の整合性を理解するために情報消去を考える必要は、そもそもない。 1990年代以降の非平衡統計力学の発展により、微小系における熱力学第二法則のあるべき姿が明らかになってきた。その重要な成果の一つは、熱力学第二法則がわずかな確率で破れることを明らかにし、その確率も特定したことである。 オリジナルのランダウアーの原理は対称メモリーという特殊な状況に限られ、より一般的には、消去と測定に必要な仕事にトレードオフがあり、それらの和に対して下限が存在するわけである。さらに,相互情報量 I を用いて取り出せる仕事は最大で kB T I であることを示している。 W測定 + W消去 ≧ kBT I ≧ W出力 . これが Maxwell の悪魔と熱力学第二法則との整合性に関する現在の解釈である。
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