術前希釈式
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/03/03 16:44 UTC 版)
全身麻酔後に血液を採取し、喪失分を代用血漿で補う。そして術後に採取しておいた血液を輸血する方法。代用血漿で血液を希釈することで、赤血球の喪失を軽減する。 希釈式自己血輸血は近年ではどちらかというと人気のない方法とされ、実施している施設の数が減少している。これには希釈に関心を有する麻酔科医の数が減少していること、血液を希釈する過程の生理学的変化への臨床医としての興味が消失しつつあること、センター血の安全性が飛躍的に高まったことなどが原因として考えられるが、有効性の不確かさも関係していると思われる。 その方法としては、大きく分けてisovolemic hemodilution とhypervolemic hemodilutionとがあり、前者が煩雑、後者は効果が薄いといってよい。以下にその方法を詳述する。 Isovolemic Hemodilution 手術室に入室した患者の比較的太い静脈に16G - 18Gのラインを確保し、そこから採血する。点滴の回路の途中に三方活栓を置き、流路を切り替えながら、採血を繰り返すが、その際に別のラインからHESなどの代用血漿を投与する。採血量は800ml程度が一般的であるが、1200ml、1600mlといった報告も散見され、状況によっては400mlというものもある。大量の血液を採血(=脱血)するのであれば、心臓への前負荷のモニタリング(CVPのモニタリング)を行うほうが安全であろう。 日本におけるデータでは、安静時の成人の酸素消費量は毎分200ml程度なので、心臓からの血液がそれより多い酸素を運搬できるように考えておかなければならない。具体的には、正常な状態では心臓からの血液の拍出量が4L/min程度であり、酸素含量が18ml/dlであるので、毎分700ml程度の酸素が全身に運ばれ、500ml程度が使われないままに心臓に帰ってくることになる。 チアノーゼ性の先天性心疾患などで、生後数年を経ると患者の毛細血管密度が上昇し、血管から細胞までの距離が短くなり、かつヘモグロビン濃度が上がり、心臓内での右左シャントによる動脈血酸素分圧の低下を代償する。これはファロー四徴症などの手術に際して、皮膚切開などで大量の出血を見ることなどからも上述した代償が行われていることが裏付けられる。 さて、血液を希釈すると血液中の酸素含量が低下する。このことは酸素含量が以下の式で表されることからも覗える。 Cnt O2=1.34 x SaO2 x Hb + 0.003 x PaO2 (ml/dl血液) 此処で、Cnt O2とはO2 CONTENTのこと、SaO2は完全に飽和した状態を1、PaO2の単位はmmHg、Hbはg/dlである。此処でHbが半分になったとしよう。全身への酸素供給を維持するためには心臓からの血液の拍出を倍にするか、静脈血の酸素飽和度が半分になって、単位体積の血液が全身に供給する酸素の量(=酸素抽出)を倍にするという方策を採ることになるが、酸素抽出を倍にすると、先に述べた理由で細胞呼吸が損なわれる可能性があり、心拍出量増加で初期には対応せざるを得ない。 なお患者から採血して輸液をしなかった場合は貧血にはならず出血性ショックの様相を示すようになる。生体の間質や細胞から水分が血管内に移行するには時間がかかり、採血量がある程度以上だと心拍出量が低下して患者は急速に循環不全になっていくからだ。 血液を希釈した場合、心拍出量が増加することで代償すると述べたが、ヘモグロビンの酸素乖離曲線が右方移動することにより、同一の酸素分圧の時の酸素飽和度が低下することで、酸素抽出を容易にするような機序が少し遅れて働くので、心臓の負担はやがてそれほど大きいものではなくなる。即ち心拍出量は採血前の1.2倍とか1.4倍程度で全身の酸素需要量をまかなえるようになる。 生体のそうした適応などのおかげもあって、適正な輸液量を維持すれば採血によってHb値がある程度まで低下しても人は生存しうる。その限界は心臓疾患などがない場合、4g/dl程度と言われている。 Hypervolemic hemodilution Hypervolemic hemodilutionでは、患者の血液を体外に採血して貯蔵する代わりに、血管を何らかの手段で拡張させて(薬物、もしくは硬膜外麻酔)大量の輸液によって血液を希釈する。その効果はIsovolemic Hemodilutionよりもさらに薄く、四肢末梢に顕著に見られる浮腫もより強く現れる。アルブミンなどを使えば、浮腫を避けることは出来るが、アルブミンは血液製剤の一つであり、厳密には同種血輸血を回避する目的で行われる希釈式自己血輸血の趣旨に反する。 Hypervolemic Hemodilutionでは左心不全による肺水腫を予防するために、βアゴニストの投与、PEEPなどを念頭においておく必要もある。術者との折り合いが付けば手術中でも軽くヘッドアップポジションにするなどの手もある。
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