相撲協会内での孤立化
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/03 10:01 UTC 版)
貴乃花が退職に至った背景には、相撲協会内での完全な孤立化が最大の要因として指摘されている。 力士の家庭に生まれ育っているが、現役中に実兄の三代目若乃花(花田虎上)と絶縁している。引退から2年後の2005年5月に実父の11代二子山(初代貴ノ花)が死去、実母の藤田紀子(2001年に初代貴ノ花と離婚)とも絶縁状態となり、2010年には伯父の10代二子山(初代若乃花)が死去している。 師匠の実子として特別視され、所要9場所での十両昇進ゆえに下積み生活の経験が無いままに付け人がつくなど、周囲に忖度され大切に扱われてしまう環境が本人のコミュニケーション能力を育てなかったのではないかという指摘もある。そして、年寄として周囲の予想を越える厚遇を受けていた協会在籍中に、協会内部での理解者を次々と失っていった。 大鵬と北の湖は貴乃花を「次期理事長候補」と見て目をかけていた。大鵬は娘婿であった16代大嶽(貴闘力)に力を貸し、「自分だけで強くなったんじゃないんだよ。みんなで相撲協会を繁栄させていかなきゃいけない。理事長(北の湖)を支えて、他の親方衆ともちゃんと腹を割って話をしないとだめじゃないか」と貴乃花に苦言を呈し諭してきたが2013年1月に死去。「貴乃花はいずれ理事長にならないといけない。それが大鵬さんの願いであり、俺はそれまで頑張らないといけない」と発言していた北の湖も2015年11月に急逝した。 元弟子の貴源治は、2014年の相撲協会理事選で13代九重(千代の富士)が落選後に九重部屋が貴乃花一門に参加する話がまとまっており、13代九重と貴乃花はその頃から良好な関係を保っていたと述べているが、13代九重も2016年7月に死去している。 側近では、2010年7月に16代大嶽(貴闘力)が野球賭博問題で解雇され、2015年6月には19代音羽山(貴ノ浪)が急逝した。この2人は12代藤島(11代二子山)が興した旧藤島部屋の頃からの兄弟子で、寡黙な貴乃花を援け、2010年2月の理事初当選に尽力している。16代大嶽は貴乃花と二所ノ関一門を離脱した「7人の侍」の中心人物で、岳父であった大鵬の支持を取り付ける役割を果たしている。19代音羽山は若手親方を中心に貴乃花の支持者を集め、2010年の理事選のときに一門を越えて票の切り崩しもしていた参謀で、部屋付きとして貴乃花部屋の力士の指導を任されていた。 この2010年の理事選で貴乃花に投票し、宮城野部屋から貴乃花部屋に移籍して力士の指導をしてきた20代音羽山(光法)は2018年1月に退職した。元幕内・北太樹の引退に伴い、貴乃花一門所属の阿武松部屋付きの28代小野川(大道)が株の返還を求められたためで、同年2月の理事選を前に貴乃花は12代阿武松(益荒雄)と部屋付き親方2人(大道、若荒雄=12代不知火)の協力を得るため「音羽山」を譲渡する決断をしたとみられる。年寄名跡を手配することは難しいが、20代音羽山に退職を迫ったことは協会内部に波紋を広げ、「(2010年理事選の)恩を仇で返した」と非難されている。 また、2016年1月に北の湖の側近で協会顧問を務めていた小林慶彦が解雇された。この元顧問と親しい関係にあった貴乃花は、元顧問による協会に対する背任行為を追及する八角理事長率いる執行部との対立を徐々に深めていた。この小林慶彦の扱いを巡って貴乃花と八角理事長ら執行部による理事会の激しいやりとりは、宝島社から出版された単行本「貴の乱」で詳細が明らかになっている。 16代大嶽(貴闘力)は2018年9月26日放送の『あさチャン!』(TBS)で、貴乃花と芝田山広報部長が現役時代からの不仲であったと明かしている。9月場所初日に電話した際は「弟子をたくさん取りたい」と部屋運営に意欲的で、退職について「よっぽど腹に据えかねたことがあるんじゃないですか」と推測している。 反目している親方に対しては先輩であろうと視線も合わせない性格は「直情径行的」とも「不器用」とも言われた。親方はいずれかの一門に所属しなくてはいけないという通達を受けていないとしながら協会に自ら問い合わせたり、貴乃花を心配した先輩親方に電話を折り返すことも声をかけた一門に頭を下げることもなかったという。一門が消滅した後に協会内で新たにグループを作ることも出来ず、精神的なストレスはピークに達していたと思われる。 9月25日の記者会見の場でNHK解説委員の刈屋富士雄が「一門に所属しない件も含めて、僕は今場所中、いろいろな親方の話を聞いて、やはり(貴乃花)親方を残したい、応援したいという人は半分以上いると思うんですよ」「もう1回、もし協会が『話し合おう』という時には是非、話を聞いてもらいたい。30年来の付き合いとして、これは質問というよりはお願いです」と記者として異例の説得をしているが、翻意することは無かった。東京相撲記者クラブ会友の龍川裕は、父親の11代二子山に最後に会った時に「光司を頼む」と言われていたと明かし「かたくなできまじめ、不器用な生き方しかできない息子さんを最後まで守ってやれなかったことが口惜しい。先代、ごめん!!」と痛恨の思いを記事に綴っている。 NHK大相撲解説者の北の富士勝昭は「親方としての15年余は突出した手腕を発揮した訳ではなく、あれほどのネームバリューがあるのだから、弟子集めはもっと何とかなったような気がしてならない」と親方としての貴乃花を評している。
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