相撲協会退職後
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/23 16:29 UTC 版)
退職後はタレントへ転向した。元大関の小錦が経営する株式会社KPに所属し、現役時代からフジテレビの部屋別対抗歌合戦などで披露するユーモラスなキャラクターを活かして活動した。2005年には三段目以上の経験力士に受験資格が与えられる日本相撲協会主催の相撲指導員資格を現役の豊乃國や一ノ矢らとともに取得したが、幕内以上の受験者は琴富士ただ一人であった。 タレントとしての仕事が減り始めたころ、16代大嶽(貴闘力)から電話で「うちの部屋に来ませんか」と誘われ、部屋を提供されてともに暮らしたという。しかし、2010年に大相撲野球賭博問題の発覚により16代大嶽は相撲協会を解雇された。その後、琴富士が定職につけずにいるところ、再び貴闘力から連絡があったという。貴闘力が経営する焼肉店の中国進出にあたり、店長として「上海に骨を埋めてきて」と言われて、上海に渡った。しかし中国人スタッフから「貴闘力氏は店を辞めた。この店はもう関係ない」と告げられ、それから言葉が不慣れな環境で1年働いていたが自らも辞めて帰国している。すると貴闘力から連絡があり「日本で店を出すから手伝って」と誘われ「いいように使われているだけなんじゃないか」という疑念を抱いたが、その気持ちを抑えて貴闘力の店で再び働いていたという。 努力しても現役時代の番付のように結果が出ないことにやる気を失い、次第に琴富士の生活は荒れ、妻と離婚して子供とも離れた。
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