生物学的影響
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/06 08:53 UTC 版)
メチル水銀は脂溶性の物質であるため生物濃縮を受けやすい典型的な毒物である。そのため、食物連鎖の高次を占める捕食者に高度に濃縮されて蓄積される。メチル水銀はまずプランクトンの体内で濃縮される。プランクトンから小魚、より大きな魚と順次に捕食され、それらの体内でメチル水銀はさらに濃縮されることとなる。生体内からのメチル水銀の排出は遅いため、生体蓄積の程度は高くなる。大きな肉食魚の場合、小魚の100倍ものメチル水銀を保持することになる。これにより最終捕食者の人間等に水俣病が発生した。また、米国のFDAは胎児に対する有機水銀の影響を理由に、妊婦がマグロ、金目鯛などの海産物を摂取制限するように勧告している。 世界保健機関(WHO)のメチル水銀の安全基準は、1999年の設定値で3.3µg/kg体重/週であったが、この設定値では少量のメチル水銀を摂取した母親から生まれた子供への神経発達面での影響を評価するためには不十分であった。設定値は一般の人々に適用されるべきで、妊婦や乳児には、通常よりもリスクが高い可能性があるとした。一方、食事によるメチル水銀の主要な摂取源として魚があるが、魚の栄養面での評価が高く、魚が重要な蛋白質の摂取源となっている地域があり、メチル水銀の摂取を減らすために魚の摂取を制限する一方で、栄養面の効能にも配慮すべきとした。 概して、金属水銀または無機水銀化合物やブチル水銀などの高級アルキル水銀、フェニル水銀など、他の水銀化合物が急性の腎毒性が強く現れるのに対して、メチル水銀類やエチル水銀類などの低級アルキル水銀の場合は脳関門を通るために、中枢毒性が強く現れることが特徴的である。ただしブチル水銀も脳内に蓄積するが、中枢神経症状は起こらないとされる。 ただし、メチル水銀は哺乳類の間でも毒性の種差が強く、多くの実験動物ではヒトと同様の毒性が発現しない。ラットやマウスなどでは腎毒性や末梢神経に対する毒性が強く、ヒトの水俣病のような中枢神経毒性はあまりない。一方ネコの場合は中枢神経症状も現れる。最もヒトに近い症状をあらわす実験動物はコモンマーモセットという種類の猿である。ラットとヒトでは脳への分布に10倍の差があり、このことがヒトで脳内の中枢神経に対する影響が強い原因となっている。またマウスとラットでは体内半減期に数倍の差があり、マウスの方がはるかに短い。 水溶性の無機水銀や水銀単体が、ある種のバクテリアのメチルコバラミンによってメチル化されることによってメチル水銀は生じる(生体内のメチルコバラミンではメチル化されない)。このとき生じるのは CH3Hg+ もしくは CH3HgOH である。なお、生体内ではメチル水銀が脱メチル化されて無機水銀となる反応も同時に起こっている。 メチル水銀は脂溶性である。これはシステインと複合体を形成することにより血液脳関門を通過し、優先的に脳組織に蓄積される。これはメチル水銀-システイン複合体がメチオニンと類似した構造をもつため、メチオニン専用の脳血管輸送システムを利用できるからである。また魚の場合、水に剥き出しの知覚神経を経由することにより血管脳関門を迂回してメチル水銀が脳に到達することもある。 イラク水銀中毒事件(英語版)の原因物質もメチル水銀である。この事件では、種まき用として提供された小麦に防カビ剤としてメチル水銀が塗られていたが、それを食べたイラク人民に大量の死者が発生した。発症が遅いことも被害が拡大した原因であった。なお、各国で酢酸フェニル水銀などの物質が過去に殺菌剤として使われたこともあったが、こちらは脳内に損傷を与える作用が弱いため、メチル水銀ほどは問題視されていない[要出典]。
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