現代の優生政策・リベラル優生学
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「優生学」の記事における「現代の優生政策・リベラル優生学」の解説
集団に対する優生政策は、1980年代以降ほぼ行われなくなり、親個人の自己決定に基いて、胎児を中心に子供の疾患を出産前に予防するリベラル優生学が実践されるようになった。出生前診断の結果をもとに、親個人の自己選択に基づいて非健康的と診断された胎児へ人工妊娠中絶を行うか、あるいは着床前診断により病気をもたない胚を選択するという形で行われる。 イギリスでは、行政が費用を負担してほとんどの人が出生前診断を受けており、人工妊娠中絶により二分脊椎症は1990年代までに激減した。またダウン症と診断された妊婦の90%以上が、人工妊娠中絶を選択している。 キプロスではβサラセミアという貧血を引き起こす劣性遺伝病の患者が多く、人口の17%が保因者と推定されている。結婚前の保因者検査の義務化や、出生前診断と中絶を推奨する政策により、新規発症者数は1988年以降ほぼゼロになった。 1970年以降、ユダヤ人コミュニティに多いテイ・サックス病などの保因者検査が自発的に行われている。正統派ユダヤ教のコミュニティに対してはDor Yeshorim(英語版)という団体が、ユダヤ人に多い劣性遺伝病の保因者検査を提供しており、イスラエルなど様々な国に事務所がある。これらの影響で、病気の頻度は大きく減少した。カップルの両者がともに保因者だった場合、破談となることはよくある。ユダヤ教国であるイスラエルでは、費用負担なしで妊娠初期に遺伝子検査を受けるよう推奨され、胎児が遺伝病と診断された場合、自発的に人工妊娠中絶することがある。 中国では「優生優育」政策(簡体字: 优生优育)と呼ばれる障害者の出生率を抑制する優生学的国家政策が行われている。一人っ子政策(計画生育政策)の柱の1つは「優生」(健康で優れた子供を生む)である。中国優生優育協会、中国優生科学協会が中国政府の下でこの政策を支える社会団体(日本の独立行政法人や外郭団体に近い)として設立されている。2018年11月に中国で世界初の遺伝子操作されたヒトの出産が発表されて国際的な波紋を呼んだ際は中国の「優生優育」などに代表される研究者や政府の都合を優先する中国の組織風土が槍玉にあがった。 戦後に優生学に批判的な見方が主流となった後では、教科書や雑誌において優生学に関する記事は掲載されることはなくなった。たとえばアメリカ優生学協会の『優生学季報』は1969年に『社会生物学』と改名された。 現代も広く普及・許容されている優生学の事例として、競馬に使われる馬(サラブレッド)、ペットの血統関連、農業分野で行われる育種学、結婚相手や恋人を中心に容姿が良いものを望むルッキズムがあげられることもあるが、健康的では無いと診断された胎児の人工中絶と共に強い批判対象とはなっていない。ただし、優生思想・優生学を批判的な者さえも大多数の者が優れた容姿など優秀な遺伝子や金銭獲得能力を持つ者との結婚を臨んでおり、遺伝子疾患診断された胎児の中絶率が9割であるように自身の夫婦間で健康では無い診断された胎児を人工中絶しているというダブルスタンダードがある。 2000年代にヒトゲノムが解明された事によって、再び優生学的なヒト遺伝子の選抜が論じられるようになった。これて新たな優生学が誕生しつつあるとの意見がある。例えば、デオキシリボ核酸を用いた遺伝子診断サービスなどが商業化され、自己責任においてそれを利用するなど、個人レベルでの優生思想が、現実問題として現れてきた。今後は、この様な新しい優生学の、倫理問題について考えていく時代となっている。 2000年に採択された国連ミレニアム宣言は、こうしたヒトゲノムや生物工学の倫理的配慮を要請し、同年に欧州連合が採択した欧州連合基本権憲章では、人の選別を目的とした優生学的措置を禁止している。また障害者権利条約も、第10条に障害者差別のない生存権、第15条に医学的実験の禁止、第17条に不可侵性の権利を掲げ、障害者に対する優生学的措置を否定している。 カール・セーガンは、人類がヌクレオチドを自由に並べ替えられるようになり、望み通りの特質をもった人間を作り出せるようになるだろうが、そのような未来は不安なものだと述べている。
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