池田宣政 (侯爵)とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > 池田宣政 (侯爵)の意味・解説 

池田宣政 (侯爵)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/04/27 04:54 UTC 版)

池田宣政

池田 宣政(いけだ のぶまさ、1904年明治37年)7月1日[1][2] - 1988年昭和63年)1月9日[1][2][3])は、昭和期の政治家実業家華族侯爵貴族院議員。旧岡山藩池田家第15代当主。初名は政鈞[1]

経歴

岡山県岡山市[2]で、旧岡山藩主家13代当主、侯爵・池田詮政の三男として生まれる[1][2][4]学習院高等科で学んだ[2][3]。兄で先代の池田禎政スペインかぜのため26歳で早世し、未婚により子供がいなかったため1920年(大正9年)家督を相続し[2]、同年3月10日、侯爵を襲爵した[1][5]。1925年(大正14年)欧米各国を視察した[3]

1934年(昭和9年)6月30日、満30歳となり貴族院侯爵議員に就任[2][6]。農林省委員、農商務省委員、厚生省行政委員、帝国飛行協会(現日本航空協会)理事などを務めた[2][3][4]

渋谷区神宮前にある東郷神社は、池田宣政の私邸約2万坪のうち1万2千坪の敷地が譲渡されて、1940年(昭和15年)に建設された[7]

1947年(昭和22年)日本国憲法の施行により華族の身分を喪失。日本コリークラブ会長、霞会館理事長などを務めた[2]1959年(昭和34年) 日本狆クラブ設立に参加し副会長に就任[要出典]1969年(昭和44年)同会長・旧皇族東久邇盛厚の死去により会長に就任した[要出典]

親族

脚注

  1. ^ a b c d e f g h i j 『平成新修旧華族家系大成 上巻』92-93頁。
  2. ^ a b c d e f g h i 『岡山県歴史人物事典』66頁。
  3. ^ a b c d 『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』14頁。
  4. ^ a b 『人事興信録 第14版上』イ119頁。
  5. ^ 『官報』第2279号、大正9年3月11日。
  6. ^ 『貴族院要覧(丙)』昭和21年12月増訂、43頁。
  7. ^ wheatbaku. “東郷平八郎元帥を祀る東郷神社(原宿散歩⑨) | 気ままに江戸♪ 散歩・味・読書の記録”. 気ままに江戸♪  散歩・味・読書の記録. 2022年6月22日閲覧。

参考文献

  • 人事興信所編『人事興信録 第14版上』人事興信所、1943年。
  • 『貴族院要覧(丙)』昭和21年12月増訂、貴族院事務局、1947年。
  • 霞会館華族家系大成編輯委員会『平成新修旧華族家系大成 上巻』霞会館、1996年。
  • 衆議院・参議院編『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。
  • 『岡山県歴史人物事典』山陽新聞社、1994年。


日本の爵位
先代
池田禎政
侯爵
岡山池田家第4代
1920年 - 1947年
次代
華族制度廃止
家長
先代
池田禎政
岡山藩池田家15代当主
1920年 - 1988年
次代
池田隆政



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「池田宣政 (侯爵)」の関連用語

池田宣政 (侯爵)のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



池田宣政 (侯爵)のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの池田宣政 (侯爵) (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS