昇華型熱転写プリンターとインクジェットプリンターの比較
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/10/22 02:51 UTC 版)
「染料昇華印刷」の記事における「昇華型熱転写プリンターとインクジェットプリンターの比較」の解説
昇華型熱転写印刷技術は、サーマルヘッドの温度を任意に変えることにより、各ドットを任意の色にすることができるという利点がある。そのため昇華型熱転写フォトプリンターは、銀塩写真と比べても遜色がないほどのリアルな連続的トーンを生成することができる。インクジェットプリンターは、これとは対照的に、紙に飛ばすインクの液滴の位置とサイズを変えることしかできず、究極的にはめっちゃ細かいディザリングに過ぎない。しかも、紙に飛ばすインクの色は、プリンターに搭載されているインクの色に制限される。インクジェットプリンターでは、インクの液滴を重ねて散乱させることで、あたかも連続的なトーンを表現できるかのように見せてはいるが、拡大すると個々の液滴を見ることができる。1990年代頃までのインクジェットプリンターは、大きな液滴と低解像度により、印刷された物は昇華型よりも大幅に劣っていたものだが、2000年代以降になると、微細な液滴と補助インクの搭載によって、非常に高品質の印刷を生成できるようなインクジェットプリンターも登場し、昇華型よりも優れた色再現性を実現するようになったため、従来は昇華型の独壇場であったフォトプリンター市場においても、2010年代以降には昇華型からインクジェットへの置き換えが進んでいる。 それでも昇華型は、インクジェット印刷に比べていくつかの利点がある。1つ目は、プリンターから排出された時点で既に印刷物が乾いていて、印刷直後にすぐに扱える状態になっていることである。また、サーマルヘッドはインクジェットのヘッドのように紙の上で前後に動作する必要がないため、故障する恐れのある可動部品を少なくできる。また、液体インクを採用したインクジェットに対して、固形インクを採用した昇華型はクリーニングをする必要が無く、印刷サイクル全体を通してクリーンに印刷できる。これらの要因によって、一般的に昇華型プリンターはインクジェットプリンターよりも信頼性の高い技術となる。 一方で昇華型プリンターには、インクジェットプリンターと比較していくつかの欠点がある。まず、インクリボンの各色ごとのパネル、およびサーマルヘッドの大きさは、印刷されるメディアと同じ大きさである必要がある。さらに、昇華インクを印刷することができるのは、特殊なコーティングを施された専用紙または特定のプラスチックのみである。そのため昇華型プリンターは、普通紙を含めた幅広いメディアへの印刷ができるインクジェットプリンターの柔軟性に敵わない。 また、染料は紙に吸収される前に少量拡散する。したがって、印刷物はシャープさを欠く部分がある。写真印刷の場合、むしろこれは自然な写真プリントを生成するのに効果的だが、他の用途(グラフィックデザインなど)の場合、このわずかなぼやけは不利となる。 昇華型では1ページを印刷するのに1ページ丸ごとと同じサイズのインクリボンが必要となるため、無駄になる染料の量も非常に多い。普通に印刷した場合では、印刷に使用する4つのパネルに載せられた染料のほとんどが無駄になる可能性もある。一度使用したパネルを再使用すると、たとえ1ドット印刷しただけだとしても、その部分が空白になってしまうため、一度使ったインクリボンを別の印刷に再利用することはできない。ほとんどの昇華型プリンタは色ごとにインクリボンを分けたりしておらず、1つのインクリボンにインクを載せたパネルをCMYOの4枚づつ連ねたシングルロール設計であるため、たとえ単色印刷であっても、インクを載せた4枚のパネルがすべて無駄になる。インクジェットではモノクロで印刷することでインクを節約することが可能だが、昇華型では節約できない。ただしインクジェットプリンタは、インクの使用量が少ない状態が続くとインクカートリッジが乾燥する傾向があるため、「染料の浪費」に悩まされる可能性がある(さらに、使わない状態が長く続いた結果、カートリッジのノズルがインク詰まりを起こしたりすると面倒になる)。昇華型で印刷に使用するメディアは、カラーインク(インクリボン)とペーパーがセットになったパッケージの形で供給されており、つまりパッケージごとに印刷できる枚数が決まっており、1枚印刷するごとに固定費が発生する。これは、大容量インクや互換インクを使ってケチることができるインクジェットプリンタとは対照的である。 機密文書または秘密文書を印刷する環境では、昇華型プリンターは潜在的なセキュリティリスクとなるため、慎重に処理する必要がある。昇華型プリンタの原理上、「使用済み」インクリボンのパネルには、印刷物の完全なネガ画像が色分けされた状態で作成されており、何か印刷するたびに「未使用インクリボン」の反対側にある「使用済みインクリボン」のロールに順次巻き取られていく。そのためプリンターの本体を開けて「使用済みロール」を広げて見ると、プリンターで印刷されたすべての物が丸わかりになる。このような環境では、使用済みロールを単にゴミ箱に捨てては駄目で、現場でシュレッダーにかけるか焼却処分する必要がある。これは家庭用フォトプリンターでも全く同じことが言え、もし使用済みカートリッジをゴミ袋から回収されると、印刷されたものすべてが丸わかりになる。インクリボンのカートリッジはプラスチック製であるため、「使用済みロール」の寿命は数年または数十年に及ぶ可能性があり、気を付けないといけない。そのためコンパクトフォトプリンター「SELPHY」を展開する家庭用昇華型プリンター最大手のキヤノンでは、使用済みカートリッジの回収サービスを行っている。 また、昇華型プリンタの紙とインクリボンは皮脂に弱く、もし脂が付くとリボンから紙に昇華させる邪魔になる。またホコリにも弱く、もしホコリの粒子があった場合、印刷物に小さな色の塊が現れる可能性がある。ただし、ほとんどの昇華型プリンターは、このような事態を防ぐためにフィルターやクリーニングローラーを搭載しており、またほこりの斑点は、もし印刷中の紙に付いた場合は紙が一枚無駄になるだけだからそれほど気にする必要はない。
※この「昇華型熱転写プリンターとインクジェットプリンターの比較」の解説は、「染料昇華印刷」の解説の一部です。
「昇華型熱転写プリンターとインクジェットプリンターの比較」を含む「染料昇華印刷」の記事については、「染料昇華印刷」の概要を参照ください。
- 昇華型熱転写プリンターとインクジェットプリンターの比較のページへのリンク