心停止(脳波フラット)時の臨死体験
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/30 02:19 UTC 版)
「臨死体験」の記事における「心停止(脳波フラット)時の臨死体験」の解説
心停止後に脳波は約15秒でフラットになるため、脳波計(EEG)がフラットである最中に患者が臨死体験をしていたと思われる事例も存在する。患者が夢を見ていたり、視覚や聴覚を働せていれば、それは脳波の動きとして反映される筈である。この「脳波フラット時の臨死体験」をめぐり、多くの論争が起きている。 主な論点は2つある。1つは「本当に臨死体験は脳波がフラットの最中に起きていたのか」という点であり、これは臨死体験の「タイミング問題」とも呼ばれる。殆どの臨死体験のケースは、実際に体験が起きた時間が不明であり、体験者の体感や研究者の推測に拠るほかないため、脳波フラットの時間に臨死体験が起きていた事は証明できない、という批判がある。ここで最も頻繁に唱えられている説は、脳がまだ機能している瞬間の記憶、つまり「意識を失いつつある瞬間」か「意識を取り戻した瞬間」である心停止前後の記憶を無意識中の体験と錯覚したのではないかというものである。心理学者のクリス・フレンチ(英語版)によれば、臨死体験ではライフレビューに見られるように時間感覚の変容を伴うのが一般的なため、そうした一瞬の間でも体験が起こり得るという。 しかしサム・パーニアやピーター・フェンウィックなどの研究者はこの解釈に否定的である。前者であれば、通常は心停止後に脳損傷による記憶喪失が起こるため、何らかの体験が起こっても蘇生後にそれらを思い出す事は難しい。(記憶喪失の時間の長さは脳損傷の程度を測る目安にもなる。)後者については、脳が混乱状態を経て意識を回復する時に臨死体験のような明晰で秩序だった意識状態を生じるとは考えにくい、と述べている。単なる失神からの回復であっても意識は混乱した状態になるため、脳が酸欠で損傷する心停止の状態であれば尚更だという。 多くの臨死体験者は、体験は意識の回復途上ではなく無意識の最中に起こったようだと考える。そして実際に心停止中の病室の情景を描写できる患者たちがおり、そうした描写は医療チームなどの検証を受けている。2008年より開始された大規模調査であるAWARE-Studyでは「脳機能が活動していないであろう時間に意識があった事を証明できた」ケースもあったため、臨死体験は心停止「前後」ではなく、心停止中に起きている可能性が高いと結論されている。逸話的なエピソードも含めれば、心停止患者が蘇生後にする体外離脱の報告は、しばしば描写が数十分に及んでいる事がある。それが事実であれば、心停止中の前後に起こった短期的な脳の活性化ではタイミングが合わない可能性があるため、今後更なる検証が求められる。 また、脳内現象説で見落とされがちであるのは、混乱状態にある瀕死の脳がいかにして現実以上にクリアーで明晰な体験を生み出すのかといった問いである。心拍が停止すると、酸欠や高炭酸症、ドラッグや代謝変化や発作が、脳の生理状態を強く混乱させる。脳への血流は途絶えるため脳は著しく損傷し、やがて脳幹の機能も停止し、大脳皮質も機能停止状態になる。心停止後に脳機能は急速に衰えていく。しかし臨死体験者が報告する「明晰な意識」や「論理的思考」「時系列に沿った記憶」「鮮明な視覚」などの精神活動自体、脳の多くの領域が関与している筈である。脳機能局在論から言っても、思考プロセスは1つのエリアではなく沢山の違った皮質エリアを介在して成り立つため、全体的に混乱した状態の脳が鮮明な意識体験を生み出すとは考えにくい。しかし心停止中の患者は、明晰な意識が本来あるべきではない時間に明らかに混乱しておらず、明晰さや注意力が増大していたと報告している。 2つ目の論点は「脳波がフラットの最中に臨死体験が起きる事は本当に不可能か」という点である。ある神経学者は、脳波がフラットの最中に、脳が臨死体験を生み出す可能性は「極めて低い」と端的に述べているが、一方で「脳波はあくまで大脳皮質の表面的な活動の現れであるから、脳波がフラットであってもわずかな脳活動が残る可能性は排除できない」という指摘もある。この指摘に対し、医師ヴァン・ロンメルは、以下のように応答した。 問題は(心停止患者の脳に)計測不能な脳活動があるかどうかではなく、近年の神経生理学が意識を成立させるうえで不可欠だと考えている特定の脳活動が見られない事だ。 — vanLommel,Endless Consciousness:A scientific Approach to the Near Death Expericence,chapter8 こうした中で注目されている仮説が、心停止後の脳内で神経活動のバーストが起きているというものである。2013年に発表された米ミシガン大学の研究論文によれば、マウスを人工的に心停止させて観察した脳電図は、心臓が停止後30秒間、脳の活動が通常より急増し、精神状態が非常に高揚していることが判明している。またワシントン大学のLakhmir Chawlaは、死亡直前の7人の患者から30秒〜3分間にわたる活発な脳波が検出できた事から、酸素欠乏状態の脳が電気サージ現象を起こすのではないかと述べている。(このサージ現象自体はどのようにも解釈できる上に、7人の患者は全員、臨死体験を報告せずに死亡している事から、Chawla自身は臨死体験との間に何らかの関連性がある事を指摘するに留めている。) しかし全身麻酔下で手術を受けている心停止患者の脳には、心拍停止後の数秒には既に計測可能な反応はない。こうした患者が意識を保つためには、心停止と全身麻酔という2つのハードルを越えねばならない。 一方で、脳の表面的な計測には現れない、脳の深層である皮質下の活動のみで臨死体験を説明しようと試みる者もいる。Jason Braithwaiteによれば、海馬や扁桃体の働きのみで、大脳皮質が関与しないまま有意味で複雑な幻覚が起こり得るという。しかし皮質下の脳機能のみでは、臨死体験のような双方向的で複雑な体験は成立しない、という見方も強く、高度な意識が脳の深層構造の働きにより生み出される事を説明するモデルは、近年の神経科学には未だ無い。また、電極を脳の深部に埋め込んだ動物実験では、心停止後の大脳皮質の活動停止は、脳の深部の活動停止(または減退)も招くことが示されている。
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