建築要件
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ラッサール神父は今井兼次と相談の上で、建築要件として募集要項に掲げるデザインの方向性を次のように明確に決めた。 世界平和の礎に其の生命を捧げた人々を記念する為、旧広島カトリック聖堂跡に、本教会は新しく此の聖堂建築を計画した。此の計画は世界平和の象徴として、ローマ法王ピオ十二世の賛成を受けたのみならず、日本の内外多くの人々に強い感動を与えている。本計画に於ては優れた日本的性格を発揮すると共に戦後日本の新しい時代に応ずる提案を望んでいる。此の主旨に基いて下記の要項を掲げる。1. 聖堂の様式は日本的性格を尊重し、最も健全な意味でのモダン・スタイルである事、従って日本及び海外の純粋な古典様式は避くべきである。2. 聖堂の外観及内部は共に必ず宗教的印象を与えなければならない。3. 聖堂は記念建築としての荘厳性を持つものでなければならない。以上のモダーン、日本的、宗教的、記念的と云う要求を調和させる事が此の競技設計の主眼である。 — 平和記念広島カトリック聖堂建築競技設計図集(広島カトリック教会編 / 洪洋社・1949年)より引用 まず明確に「モダン・スタイル」であることと謳われているのは、ラッサール神父が近代兵器の破壊力の惨禍を直接経験したにもかかわらず、科学技術の進歩自体は人類の使命であり、むしろそれは人類にとっての誇りでもあると考えていたからである。 宗教的荘厳性と記念碑性は、施設がまずもって原爆の犠牲者を慰霊するものであり、かつ史上まれに見る原爆被爆という事績を記念し、人々に絶えずその記憶を呼び起こさせるものでなければならないことから必然的に導き出される条件である。また人類が近代文明の物質主義的な悪に打ち勝って、真に平和な精神文明を築いて行くための基礎となるような場は、建築が民族や国家や宗教を超えて全世界の人々を引き付ける普遍性をそこに感じさせるものでもなければならない。それゆえ特定の文明や宗教を容易く連想させる歴史主義的な引用は避けるべきとされ、もとよりモダニズム建築はインターナショナル・スタイルなものではあるが、モダンデザインにありがちな箱ものであっても、またアバンギャルドな方向性での逸脱であってもならないがゆえに、そこを「最も健全な意味でのモダン・スタイルである事」と断っているのである。 しかし一方でまた、その建築は日本的性格を持っていなければならないともする。日本的とあるのは、ラッサール神父が後に日本に帰化して愛宮真備と名乗ったように、彼が土着化を意識していたからであり、また何よりもラッサール神父自身が日本文化や日本文明に対して、いまだ世界に知られていない宝のような秘められた可能性があると信じていたからである。 終戦と共に日本に新しい時代がはじまった。新しき日本は建設されなければならないが、この新たなる日本は古い日本に深くその基礎を持ちながら誕生する必要がある。日本文化には世界に知られずにいる貴い珠玉が存在している。その価値ある宝を失ってはならない。フェニックスがいつもその灰から生まれかわると同じように、この日本古来の宝が新しい日本に清新な姿で復活しなければならない。…… — ラッサール神父談「世界平和記念聖堂 献堂50周年ニュース vol.1 7月号 」(2004年7月1日発行)より抜粋 世界平和の高みへと新たな精神文明を創出してゆく自覚をもった日本人の出現を期待し、日本文明の精神性による創造力を信じてそれを希望し、それによって日本人を繰り返し励ましたかったからだとも考えられるのである。単に西洋のキリスト教会からの押しつけではなく、日本人がこの教会を自分たちのものでもあるとも感じて、日本人の自発的な参加意識を促す必要もあったからである。それをもって日本的性格と表現するのである。 このあちらを立てればこちらが立たず、こちらを立てればあちらが立たずといった、相矛盾する建築要項にある「モダン・日本的・宗教的・記念的」という4条件は、ラッサール神父の理念に基づいて今井兼次との相談の上で決まったものと考えられているが、ラッサール神父の求める建築像が精神史において、このような文明史的な射程をもっていたことにより、デザイン的に相矛盾する高度な条件が課せられ、それゆえ日本の近代建築史上初めて世界の目を意識したコンペともなり、かつまたこれが尋常でない数の応募と、尋常でない審査結果と、その後の尋常でない成り行きとを生じさせて、結果的にそれらが設計者村野藤吾をして、建築家としての渾身のパフォーマンスを引き出させることになったのである。
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