幾何学基礎論
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幾何学基礎論(きかがくきそろん、英: foundation of geometry、独: Grundlagen der Geometrie)は、ユークリッド幾何学の公理系に関する研究である。
平行線公準の問題より非ユークリッド幾何学が生まれたが、それは同時にユークリッド幾何学の厳密性にも疑問が投げかけられることでもあった。すなわち、
- 無矛盾な幾何学を作るにはどのような公理系が必要であるか?
- 更にそれらの公理系から構成される幾何学はどのような構造を持つか?
- それらの複数の異なる公理系の幾何学の体系間の関係はどうなっているのか?
という疑問を解決すべく幾何学基礎論の研究が進められてゆくこととなる。
同時期にはラッセルのパラドックスにみられるように集合論でも似たような問題が起こり、数学の基礎そのものに疑問が持たれる時代であったが、ヒルベルトは形式主義に基づく方法によって、これらの問題を解決すべくヒルベルトの公理系を考案した。彼の著した『幾何学基礎論』はユークリッド幾何学の公理系を最も厳密に吟味した著作としても有名である。
また更に現代的なものとしてタルスキの公理系がある。"Metamathematische Methoden in der Geometrie"でその詳細を確認できる。
参考文献
- 足立恒雄『よみがえる非ユークリッド幾何』日本評論社、2019年8月。ISBN 978-4-535-78879-4。
- 幾何学基礎論の日本語訳
- ヒルベルト『幾何学原理』林鶴一・小野藤太 訳、大倉書店〈数学叢書 第15編〉、1913年。NDLJP:933915。 - 原タイトル:Grundlagen der Geometrie。原書第4版の邦訳。
- D・ヒルベルト『幾何学基礎論』中村幸四郎 訳、筑摩書房〈ちくま学芸文庫Math&Science〉、2005年12月。 ISBN 978-4-480-08953-3。 - 1930年に出版された原書第7版の邦訳。
- D・ヒルベルト『ヒルベルト 幾何学の基礎 クライン エルランゲン・プログラム』寺阪英孝・大西正男 訳・正田建次郎 解説・吉田洋一 監修、共立出版〈現代数学の系譜 第7巻〉、1970年6月。 ISBN 978-4-320-01160-1。 - クラインのエランゲンプログラムの日本語訳と合本。原書第7版の邦訳。
関連項目
- 公理
- 数学基礎論
- ダフィット・ヒルベルト
- 非ユークリッド幾何学
- ヒルベルトの公理系
- ユークリッド幾何学
外部リンク
幾何学基礎論
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/20 00:51 UTC 版)
幾何学は人間の図形的直感に基づいて研究されるが、直感のみに基づいて研究するわけにはいかない。そのためあいまいな直感ではなく明確に言葉や定義によって言い表された定義や公理に基づいて幾何学を体系化する試みは既にユークリッドによってなされたのだが、現代からみればこれは不完全なものであった。 19世紀に入って、批判的精神や数学そのものの発達によりユークリッド幾何学の公理系が実は論理的に不完全であることが指摘された。平行線公理問題や非ユークリッド幾何学の誕生などもそのような流れの一つとしてあげられるだろう。数学者にとって公理系が論理的に不完全であれば、正しい方法で証明したはずの定理からも矛盾が出てしまうため、これが恐れられ一時期盛んに矛盾しない理想の公理系の探求が行われたわけである。その探求の目的は幾何学を公理系から建設するための無矛盾な公理系の発見とその公理系によって構成される幾何学の構造、更にはそのような複数の公理系間の関係(ユークリッド幾何学と非ユークリッド幾何学との関係のような)であった。 19世紀後半よりその様々な代価案が提出されてきたが、最も決定的であったのが19世紀後半から20世紀初頭にはヒルベルトによって提唱されたものであり、その成果は著書「幾何学の基礎」にその成果はまとめられた。 過度に抽象的な幾何学の教育への導入に抵抗し、初等幾何学の復活を唱えた小平邦彦。 ユークリッドの教育からの追放を提唱したデュドネ。 ヒルベルトは論理的整合性のために感覚から完全に分離された幾何学を唱え、この本では点や線といった専門用語を机や椅子などに置換してすら成立するとまで言われたが、それにしては図が沢山あるため小平邦彦などによって批判された。図すら一切存在しない初等幾何の基礎付けはジャン・デュドネの「線形代数と初等幾何」を待たねばならないだろう。デュドネの本には図すら存在せず、ある意味専門用語ですら無意味であるというヒルベルトの精神を体現しているといえる。 このような限界までの考察によって、公理とは「誰もが認めうる真理」ではなく、「理論を構成するための根本的要請」という考えにシフトしていった。 このような極端に具体例を軽視し形式主義に走る手法は今日の公理主義的数学の先駆けと見ることができる。岡潔や小平邦彦などは極端な抽象化に警鐘を鳴らし、岡などは数学の冬の時代とまで称した。しかし具体例や数学的直感を軽視するのが悪いことではなく、あくまで公理系の無矛盾性が大多数の数学者にとって問題であり、そのため数学の基礎や証明などの根本的部分にその批判が差し向けられたのである。公理系が矛盾していたら正しくはじめたのにおかしな結果が出てくるかもしれないことが問題視され、この方法は幾何学基礎論から発端となったが同時期に問題となった集合論のパラドクスもあいまって、幾何学にとどまらず数学基礎論としてヒルベルトらにより研究が継続されることとなる。
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