宝塚歌劇団時代
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寿美花代に憧憬し1961年、宝塚歌劇団に入団。月組公演『春の踊り/サルタンバンク』で初舞台を踏む。47期生。同期生に若みゆき(現・鳩山幸)、振付家の羽山紀代美がいる。宝塚入団時の成績は66人中2位。 長身であったことから当初は男役であったが入団まもなく娘役に転向。 1962年1月。入団1年目でまだ組配属が決まる前に、雪組公演『絢爛たる休日』で明石照子の相手役に抜擢される。同年、月組に配属。 1967年より星組主演娘役を務める。 その後、1970年、八汐路まり退団を受け月組主演娘役を務める。 月組では古城都(1970年~1973年)、大滝子・榛名由梨(※二人トップ体制、ともに1974年~1975年)の相手役を務めた。 1974年『ベルサイユのばら』初演でマリー・アントワネット役を務め、第一期ベルばらブームの礎を築いた。 1975年9月より1976年1月15日までの長期間歌劇団のヨーロッパ公演に参加。(この欧州公演と、1976年3~5月の星組公演への特別出演が決定したため月組公演『恋こそわがいのち』は大劇場・東京公演とも全日程休演、レナール夫人役は舞小雪が代演。) 1976年、星組公演『ベルサイユのばらⅢ』に再度マリー・アントワネット役として特別出演。7月の同作品東京公演で退団予定だったが、8月月組東京公演『ベルサイユのばらⅢ』への出演が決定のため退団を延期、8月31日付にて退団。これは、長年初風が在籍していた月組生徒たちから「初風さんを最後は古巣である月組から送り出してあげられないか」との声があがり、歌劇団も異例の退団延期・月組公演出演を認めたため実現したものだった。 また娘役トップの退団に際しては歌劇団史上初となる、特別公演「サヨナラリサイタル」もおこなった。
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宝塚歌劇団時代
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1990年:76期生として宝塚歌劇団に入団。 入団時の成績は40人中2番。花組公演『ベルサイユのばら〜フェルゼン編〜』で初舞台。初舞台にしてソロのダンスシーンを与えられる。 1991年1月14日:月組に配属。 1992年:OG大浦みずきを筆頭とするニューヨーク公演(NYジョイスシアター公演)に参加。オーディションでリンダ・ヘーバーマンの目にとまる。研究科3年で主演・大浦みずきとデュエットほか、主要キャストに抜擢され、宝塚におけるダンサーとしての地位を確立。 1994年:「たけくらべ」(主演・姿月あさと)、「WANTED」(主演・久世星佳)、「ローン・ウルフ」(主演・真琴つばさ)と3作連続でバウホール公演のヒロインを務め、麻乃佳世に続く娘役2番手スターのポジションを確立。また同年、ロンドン公演に主要キャストで参加。 1996年:ブロードウェイミュージカル「CAN-CAN」でトップ娘役に就任。トップスター久世星佳の相手役となる。「CAN-CAN」では卓越したダンスを披露、大喝采を浴びる。 1997年:トップスター久世星佳の後任真琴つばさの相手役を務める。(1997年5月1日〜1999年2月7日) 1998年:バウホールでダンスリサイタル「LAST STEPS -月明かりのワルキューレ-」を娘役単独主演。 1999年2月7日:東京宝塚劇場公演「黒い瞳/ル・ボレロ・ルージュ」で退団。
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宝塚歌劇団時代
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1959年、神戸海星女子学院高等学校1年修了で宝塚音楽学校に入学。宝塚歌劇団47期生。1961年、宝塚歌劇団入団。翌1962年に星組に配属。同期に初風諄、羽山紀代美らがいる。若みゆきの芸名で娘役として舞台に立った。宝塚時代の愛称はコンちゃん。宝塚入団時の成績は66人中47位。その由来は喜劇役者の大村崑の物真似ばかりしていたからである。在団中の1964年に宝塚歌劇団創立50周年を迎えている。 翌1965年、フランスのパリ公演メンバーに那智わたる、甲にしき、如月美和子らと共に選抜され、9月18日から20日までパリ市内のアルハンブラ劇場で公開試演会、9月21日から10月17日まで同劇場で33回の一般公演を行った。若みゆきを含む、タカラジェンヌたちが全員着物姿でパリ市内見物をしているカラー写真が現存する。
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宝塚歌劇団時代
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子供のころに始めたクラシック・バレエをきっかけに女優を志し、1994年、済美高等学校1年修了で宝塚音楽学校に入学。第82期生。 1996年、宝塚歌劇団入団。入団時の成績は10番。斐貴きらの芸名で月組公演『CAN-CAN』で初舞台を踏んだ後、星組に配属。 同期生には紺野まひる(元雪組トップ娘役)、蘭寿とむ(元花組トップスター)、壮一帆(元雪組トップスター)らがいる。 1996年、T.a.p.(Takarazuka Angel Project)と呼ばれる同期生によるユニットに選抜され、TVCMにも出演し、1998年に発足した宙組の発足メンバーにも名を連ねていたが、宙組異動を前にわずか2年で退団した。
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