姫川電力・東京発電時代とは? わかりやすく解説

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姫川電力・東京発電時代

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/03/07 09:16 UTC 版)

石岡第二発電所」の記事における「姫川電力・東京発電時代」の解説

譲渡価額譲渡価額土地一式135,291,622建物一式17,930,732水路一式159,976,835円 調整池一式10,130,835円 機械装置一式191,229,222円 諸装置一式9,037,376備品一式593,505送電設備 土地一式 架空電線路一式装置一式-5,780,25579,200,838円630,403配電設備 架空電線路一式-3,537,266合計613,338,7051980年代になると、姫川電力株式会社大北川水系にある発電所獲得乗り出した姫川電力狩野川水系水力発電所東京電力から譲り受けた後、発電原価低減技能労働力効率的再配置職域拡大事業基盤強化などの譲渡効果得られる発電所について検討重ねたその結果大北川水系3つの発電所花園川発電所石岡第一発電所石岡第二発電所)は東京電力姫川電力共に最も譲渡適した発電所であるとの結論得た1984年昭和59年1月20日両者間で譲渡基本契約締結された。その後東京電力姫川電力協力により条件整備行い譲渡物件譲渡価額決定し同年10月31日譲渡契約締結された。発電所譲渡が行われたのは1985年昭和60年4月1日である。3発電所合計譲渡価額は約6億1000万円であり、姫川電力発電所買収のため6億1000万円を東京電力から借り入れた譲渡価額詳細は表の通り発電所譲渡並行して水利権譲渡行われた1984年昭和59年9月14日東京電力姫川電力連名発電用水利権譲渡承認申請書が茨城県知事宛に提出され1985年昭和60年3月30日承認された。また、発電所譲渡後には大北川発電所松原発電所自動制御所が統合された。東京電力時代には大北川系3発電所石岡第一発電所構内にある北茨城自動制御所で自動運転されていた。この自動制御所が新設され新たに松原系4発電所花貫川第一発電所花貫川第二発電所松原発電所川尻川発電所)の自動運転も行うようになった。これにより不要となった松原自動制御所は1985年昭和60年3月31日閉鎖された。 1986年昭和61年6月1日姫川電力社名東京発電株式会社変更した2006年平成18年8月3日には石岡第二発電所の6施設日本登録有形文化財に登録された。2013年平成25年9月には、石岡第二発電所リパワリング英語版工事始まった。この工事では水車発電機制御装置変電設備水圧管路一部取り替えられた。2014年平成26年3月20日には工事完了し石岡第二発電所出力は1,300キロワットから1,600キロワットまで増加した

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姫川電力・東京発電時代

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/03/07 09:17 UTC 版)

石岡第一発電所」の記事における「姫川電力・東京発電時代」の解説

譲渡価額譲渡価額土地一式135,291,622建物一式17,930,732水路一式159,976,835円 調整池一式10,130,835円 機械装置一式191,229,222円 諸装置一式9,037,376備品一式593,505送電設備 土地一式 架空電線路一式装置一式-5,780,25579,200,838円630,403配電設備 架空電線路一式-3,537,266合計613,338,7051980年代になると、姫川電力株式会社大北川水系にある発電所獲得乗り出した姫川電力狩野川水系水力発電所東京電力から譲り受けた後、発電原価低減技能労働力効率的再配置職域拡大事業基盤強化などの譲渡効果得られる発電所について検討重ねたその結果大北川水系3つの発電所花園川発電所石岡第一発電所石岡第二発電所)は東京電力姫川電力共に最も譲渡適した発電所であるとの結論得た1984年昭和59年1月20日両者間で譲渡基本契約締結された。その後東京電力姫川電力協力により条件整備行い譲渡物件譲渡価額決定し同年10月31日譲渡契約締結された。発電所譲渡が行われたのは1985年昭和60年4月1日である。3発電所合計譲渡価額は約6億1000万円であり、姫川電力発電所買収のため6億1000万円を東京電力から借り入れた譲渡価額詳細は表の通り発電所譲渡並行して各種権利契約変更行われた1984年昭和59年9月14日東京電力姫川電力連名発電用水利権譲渡承認申請書が茨城県知事宛に提出され1985年昭和60年3月30日承認された。また、石岡第一発電所水路用地一部北茨城市中郷財産区管理者北茨城市長)の所有であったため、この土地賃貸借契約継承について関係者間での協議が行われた。その後、同財産区姫川電力契約することとなり、1985年昭和60年4月1日締結された。さらに、大北川支流には石岡第一発電所小山調整池があり、この運用伴って地元の上石地に対して水田水利調整補償なされた補償契約継承当たり関係者間で協議が行われ、補償額を改定したうえで1985年昭和60年4月1日覚書締結された。 東京電力時代には大北川系3発電所の運転を石岡第一発電所構内設置されている北茨城自動制御所で行っていた。発電所譲渡後は、大北川系3発電所松原系4発電所統合され北茨城自動制御所が新設された。これにより、松原自動制御所は1985年昭和60年3月31日閉鎖された。 1986年昭和61年6月1日姫川電力社名東京発電株式会社変更した2008年平成20年)には石岡第一発電所発電設備更新された。それまで二組の水車発電機から構成されていたところを一組統合され出力が4,800キロワットから5,500キロワット増加した

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