外送理論の変遷
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/30 17:58 UTC 版)
プラトン以前の歴史は、断片的にしか追うことができない。しかし、ピタゴラス派や紀元前5世紀のエンペドクレスは外送理論をとったとされる。エンペドクレスは眼の機能をランタンとのアナロジーで説明する。つまり、内なる「火」が対象を照らして可視化しする。ただし、視覚の成立は、対象物からの流出するなにものかによる。この「内なる火」の概念はピタゴラス派にも共有され、プラトンにも引き継がれる。 対して、原子論者のデモクリトスは、物体から流出する「エイドラ」を用いた内送理論を展開する。アリストテレスも外送理論を厳しく批判し、独自の内送理論を打ち出すが、『気象論』第3巻や『天体論』では視線の理論を用いる。『気象論』の議論や『自然学』の記述から、このころ既に外送理論が幾何学的な理論と結びついていたことがわかる。ただし『気象論』には、後のユークリッドのような整備された理論の展開は見られない。 最古のまとまった幾何学的な視線理論は、紀元前3世紀ころ、エウクレイデス(ユークリッド)の著した『視学(光学)』『反射視学(反射光学)』である。当時の哲学的な視覚論としては、ストア派のプネウマに基づく外送理論、そして原子論者エピクロスの内送理論があった。 古代の幾何的な視線論の最高峰は、紀元2世紀のプトレマイオス『視学(光学)』だが、古代および10世紀以前の中世ではほとんど言及されていない。プトレマイオスと同時代の医師ガレノスは、本格的な解剖学や生理学の知見を始めて視覚論に取り込んだ。彼の理論は、論争相手のストア派のプネウマに基づく外送理論を修正したものである。プトレマイオスと異なり、古代や中世初期のアラビア語圏ですでに影響力があった。 プトレマイオスもガレノスも、アリストテレスの感覚論の影響を影響を受けていた。また、プトレマイオスも、神経系の役割への一定の理解があったようであり、ガレノスも、自らの視覚論と幾何学的な理論を不十分ながらも融和し、両者を対立させていない。 古代ローマ時代、数学的な学問や医学のほとんどはギリシア語でなされており、これらがラテン語に翻訳されるのは(若干の例外を除いて)中世の後半になってからである。一方、9世紀バクダットでの翻訳運動の結果、アリストテレスやエウクレイデス、ガレノスの文献はアラビア語圏に取り込まれた。医学に関しては、アリストテレスとガレノスが矛盾した場合、後者の見解が採用される場合が多く、知覚や思考は心臓ではなく、脳・神経系にあると考えられた。一方、自然学や魂論(霊魂論。知覚に関する議論は、ここに含まれる)は、基本的にアリストテレス的な理論が用いられた。また、数学的な学問については、各々の分野の巨匠が重んじられた。視覚論はこれらが交錯する分野であった。 内科医で翻訳者のフナイン・イブン・イスハークはガレノスの所論を整理して補完した。同時代の「アラブの哲学者」キンディーも、眼の構造や知覚の分析を交えて、内送理論を批判して外送理論を擁護した。そして、幾何学的な理論に新機軸を導入し、後のイブン・ハイサムの光を主体にした内送理論に影響を与えた。また、キンディーよりもアリストテレスの意図により忠実であったファーラービーも、『学問の枚挙』では視線理論を受け入れて視学(光学)の理論と応用を解説をしているが、同時に『有徳都市の住民がもつ見解の諸原理』では、アリストテレス的な視覚論を展開する。 また、イスラム思弁神学(カラーム,kalam)のムゥタズィラ学派は、独自の原子論に基づく自然学をもっており、懐疑論者に反論するために知覚の理論を整備していた。彼らの視覚論はプラトンによく似たタイプの外送理論であった。彼らは錯覚の具体例を多くあげて各々の原因を論じたが、エウクレイデスなどの幾何学的な視覚論を十分に取り入れてはいなかった。 このころの西ヨーロッパでは、ギリシア語文献がほとんど参照されなくなり、視覚論や光学においても、古代に成立したラテン語文献にほぼ依存していた。特に古代末期のカルキディウスによるプラトン『ティマイオス』のラテン語訳と注釈は重要な情報源であった。カルキディウスの注釈では、視覚論を原子論、プネウマ理論、そして幾何学的な理論に分けており、これらは全てプラトンの理論のある側面を取り上げたものだとした。絶大な影響力を持ったラテン教父アウグスティヌス、視覚論に触れる場合はプラトン的な理論に依っている。その他の百科全書的な書物やセネカの『自然研究』の視覚論も、ストア派又はプラトン的な外送理論である。いずれにおいても、本格的な解剖学や幾何学的な議論はなかった。この状況は11世紀末まで続く。
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