報道倫理の逸脱
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/02 17:40 UTC 版)
1989年10月26日にTBSビデオ問題が発生、坂本弁護士一家の失踪は同年11月15日から公開捜査となるが、TBSは通報や公表をしなかった。さらにTBS側スタッフがオウム幹部にビデオを見せたことは、情報源の秘匿というジャーナリズムの原則に反し、報道倫理を大きく逸脱するものとして批判された。 また、TBSがビデオをオウム幹部に見せたことで坂本が殺害されたという非難もあり、TBS以外の報道機関や世論もこれを認め、TBSを批判して責任を追及した。さらには、TBSはオウム幹部の公判において当事者の供述やメモが明らかになったことを受け事実を認めるまでの5か月以上にわたり、「内部調査」を根拠に疑惑を否定し続けていた。この間の調査の不透明さから、TBSは事実を把握しているのにも関わらず意図的に隠しているのではないかと疑われた。こうした杜撰な対応による危機管理の失敗も、TBS批判をさらに加速させる要因となった。 なお、当時のTBSは坂本の遺族に対しても不誠実な対応をしていた。坂本の妻・都子の父、大山友之の著書から引用する。 九六年三月十一日、中川智正の初公判を翌日に控え、TBSは『坂本事件に関する社内調査の概要』を報道各社宛にファックス送信しています。およそ五千字程度の物ですが、内容を要約するとこのようなものでした。 『当社常務取締役を長とし、六名の調査チームを作り、二ヵ月半にわたり十九名の関係者から十数回事情調査を行った。それと並行して役員が直接、関係者の記憶を質した。報道機関としての責任で真相を究明したが、VTRを見せた記憶や事実は出てこなかった』 乱暴この上ない調査結果だったのですが、この化けの皮はすぐはがれることになります。 翌三月十二日、坂本事件に関する刑事裁判の皮切りとなった、中川智正の初公判における冒頭陳述の中で、坂本テープの存在が明らかにされてしまったからです。麻原の指示により、早川、上祐、青山の三人がTBSに赴き、坂本弁護士のインタビュー・テープを見て、堤が「血のイニシエーションは詐欺行為」「麻原に空中浮遊の能力はない」と言ったことを知り、放映中止を迫ったことが明らかにされたのです。 一週間後の三月十九日、衆議院法務委員会において、参考人として招致されたTBS常務は、この矛盾を突かれ、返答に詰るといった醜態を晒す結果となっています。 挙句の果てに、その年の四月三十日、TBSは監督官庁である郵政省に、事の顛末を報告しています。私は、この「坂本テープ調査報告の要旨」について、日刊紙数社の記事を読み比べましたが、TBSの誤魔化しの意図が見えすぎる半面、事態の真相が全く見えてこないことに激しい憤りを感じました。 そこで私は、直接TBSに問い合わせをしてみました。真相をこの目とこの耳で確認したかったのです。 自宅からTBS本社に電話をかけ、広報担当の部署へつないでもらい、住所氏名、どういう立場の人間かを細かく申し述べ、用件を手短かに伝えると、電話の相手が代わりました。そこで私はさらに細かに説明すると、先方はこう言いかけました。 「今、責任者が席をはずしていて……」 ところが、それも言い終わらないうちに、今度は別の男の声でいきなり、 「いったい、何をどうしろと言うんだ!何を要求するんだ!」 そう恫喝してきたのです。これには驚きました。激しい怒りも湧いてきました。しかし、私は真相を知ることと、郵政省に提出した報告書と同じものを入手することが目的であることを思い、ぐっと堪えて、 「要求でなく、お願いの電話です。坂本ビデオの報告書……」 と言いかけたところで、また、電話の相手が代わりました。 「私は広報部副部長の○○です」 居たのです! 責任者は席を外している筈なのに、その場にいたのです! 丁寧に名乗ってはくれましたが、用件を伝えると、 「あるにあるが、残る部数も少ないし、部外者に見せる物ではないが、仕方がない、送ります」 そういう答えが返ってきたのです。やはり私は部外者だったのです。『仕方がねえ、送ってやらあ。有難く思え』で済む程度の人間として扱われたのです。マスコミという特権意識に舞い上がった、彼らの思い上がりを強く感じたものです。 勿論、マスコミを十把一絡げにして物を言うつもりはありません。しかし、刑法に抵触するとまでも言えないにしても、およそ、理性ある人間として、してはならない過ちをしでかし、それを恥じる事もなく、逆に隠し切ろうとしたTBSの当時の経営陣は、マスコミの末席にも置けない、いや置いてはならない、という思いは今でも変わっていません。 — 大山友之『都子聞こえますか―オウム坂本一家殺害事件・父親の手記』新潮社、2000年
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