国家犯罪(ジェノサイド、人道に対する罪)認定に関する議論
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/18 15:22 UTC 版)
「ホロドモール」の記事における「国家犯罪(ジェノサイド、人道に対する罪)認定に関する議論」の解説
「ジェノサイド」という言葉を考案した法律家ラファエル・レムキンは、ウクライナ飢饉を「ソ連によるジェノサイド」の典型例であるとした。しかし、1948年に採択されたジェノサイド条約では「国民的、人種的、民族的又は宗教的集団」への破壊行為と定義されるが、「社会・政治集団」は除外された。しかし、初期草案には「社会・政治集団」の字句は盛り込まれていた。しかし、ソ連などは国内の反乱を鎮圧すればジェノサイドとして弾劾されかねないことをおそれ、削除させた。 歴史学者ティモシー・スナイダーは、ホロドモールは大量虐殺ではあったが、「民族の絶滅」を意図したという意味での「ジェノサイド」であったかについては、スターリンの「意図」は違ったとか、ウクライナ人だけでなく「クラーク(富農)」が標的であったなどといった「定義の政治的修正」といった問題があり、議論があると指摘する。 歴史学者ノーマン・ネイマークは、スターリンによる大規模な大量殺人 (mass killing) は、ポグロム、虐殺 (massacre)、爆弾テロのような大量殺人とは峻別されるべきで、ジェノサイドの定義に「社会・政治集団」の計画的大量殺戮も含めるべきであり、スターリンのロシア、毛沢東の中国、ポル・ポトのカンボジアなど共産主義社会における大量殺戮は、少数民族に対するジェノサイドと並べて考えるべきだとする。ネイマークは、カンボジア大虐殺のように階級ジェノサイドにみえるものであっても、民族的要素があるという。ポーランド人、ドイツ人、ウクライナ人、北カフカス諸民族、朝鮮人に対するソビエトのクラーク撲滅運動において、政治社会集団は「でっちあげられた民族」として機能しており、したがって、ホロドモールにおける攻撃対象が農民だったのか、それともウクライナ人だったのかという方向で議論してしまうと、「階級」や「民族」のカテゴリーがたやすく互いに混じり合うことを見失うことになってしまうと指摘する。 さらにネイマークは、クラーク撲滅運動はクラーク階級の抹殺を意図しており、ジェノサイド的性格を帯びていたとする。クラークは個人でなく、家族、親族単位で認定され、時には一家全滅となり、クラークというレッテルをはられると強制移住となった。スターリン政府にとってクラークは『人民の敵』であり、『豚』『犬』『ゴキブリ』『屑』『害虫』『汚物』『ごみ』であり、それゆえ浄化され、叩きつぶされ、抹殺されるべきものであり、作家ゴーリキーもクラークを『半獣・動物』として描き、ソ連の新聞は猿として描写した。このようにクラークは「人間ではないもの」として非人間化され、生まれつき劣等な存在として種族化された。 そのうえで、スターリン、モロトフ、カガノーヴィチらの対ウクライナ政策は、穀物不足と収穫不良をもたらしただけでなく、ウクライナの飢餓状況を政府は無視し、見殺しにした。多くの資料から、当時備蓄された穀物300万トンの在庫があったことがわかっているが、これは農民全員を救える量だったにもかかわらず、配給されることはなかった。なお、ソ連は工業への投資のために、1933年に180万トンの穀物を輸出していた。スターリンの攻撃はソビエト国民、党員にも向けられており(大粛清など)、より大きな犯罪行為の一部としてウクライナ飢饉をみなすこともできるが、スターリン政権は、ウクライナの農民が食料を探し、逃亡するのを許さず、カザフ以上に被害を悪化させた。スターリンはウクライナ人の絶滅を目指したわけではなかったが、敵性民族とみなしてウクライナの社会を破壊し、強制的にソビエト国民に変えようとし、ウクライナ農民を死に値する「人民の敵」だとみなした。こうしたことから、ネイマークはウクライナの飢饉は「前例のない速度で近代化しようとするボルシェビキの願望と、その過程でソ連全土の独立農民の背骨を叩き折ろうとする決意から引き起こされた」のであり、ホロドモールはジェノサイドとみなすべきであると主張する。 ウクライナの歴史学者スタニスラフ・クルチツキーは、農民から食料を奪うことは残忍な殺害でありテロリズムであり、ホロドモールは飢饉によるテロであり、ウクライナ人と農民に向けられた特別なジェノサイドであったと主張する。
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