創設に向けての議論の経緯
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「ふるさと納税」の記事における「創設に向けての議論の経緯」の解説
日本経済新聞による過疎地域における税収減少・格差指摘 2006年(平成18年)3月16日付の日本経済新聞夕刊のコラム・十字路の記事「地方見直す「ふるさと税制」案」で、過疎化が原因で税収が減少している自治体があること、地方間で税収に格差が生じていることへの指摘報道を契機として、一部の政治家が取り上げたことから議論が活発化した。 2006年(平成18年)10月には、地方間格差や過疎などにより、税収の減少に悩む自治体に対しての格差是正を推進するための新構想として、西川一誠(福井県知事)が「故郷寄付金控除」の導入を提言しており、ふるさと納税の発案者と言われている。また、西川知事は総務省が設けた「ふるさと納税研究会」の委員に選任され、賛成の立場から積極的に発言をした。 また以前から、実際の住所以外の場所に何らかの貢献をしたいという人は存在した。スポーツ選手や芸能人などには都市部での活動機会が多いにもかかわらず、故郷への思いから生活の拠点や住民票を移さずに故郷に住民税を納め続ける場合や、田中康夫長野県知事(当時)が「厳しい財政の中でも在宅福祉に力を注いでいる意欲的な自治体に税を納めたい」として、県庁所在地の長野市から下伊那郡泰阜村に居を構えて、住民票を移した事例がある。 安倍政権の菅義偉総務相による創設表明 政府も「安倍晋三首相が総裁選期間中も議論してきた重要な問題」(塩崎恭久官房長官)とし、2007年(平成19年)5月、2006年(平成18年)に発足した第1次安倍政権で総務大臣として初入閣した菅義偉総務相が創設を表明したため、ふるさと納税の「生みの親」とも呼ばれている。2021年に菅は「私の原点は『ふるさと納税』にある。地方から東京に出てくるには1000万円かかる。その後も東京に納税するわけですから」と、自身がされた総務相時代に地方経済を活性化させたふるさと納税を導入したことを自負している。 前述の「ふるさと納税研究会」を2007年6月に総務省に設けた菅義偉は「ふるさと納税の検討を私が指示したのは、少なからず田中康夫がきっかけだった」と周囲に述べている。(高橋洋一チャンネルによると)そこから官僚である高橋洋一に相談をしてから、本格的に創設が始まった。しかし、総務省の官僚の反対はかなり激しかった。前述の研究会で議論が始められた際にも、賛成派・反対派ともに「ふるさと納税」制度のイメージが定かではなかった。2007年7月12日には、村井嘉浩(宮城県知事)、斎藤弘(山形県知事)、平井伸治(鳥取県知事)、飯泉嘉門(徳島県知事)、古川康(佐賀県知事)の5人が共同で「ふるさと納税制度スキーム」を発表した。これによると、個人が「ゆかりのある市町村等」に寄付をした場合に、前年の住民税の1割相当額を限度に、所得税と住民税から税額控除するとしている。「納税」という名称であるが、形式的には「寄付」と「税額控除」の組み合わせ方式を採用しており、制度化されたふるさと納税に近い。2007年10月、同研究会は報告書をまとめた。 ふるさと納税制度開始以降 2008(平成20)年4月の地方税法等の改正によって、同年5月から「ふるさと納税」制度が開始した。2009(平成21)年2月末時点では、寄付金額最多は高額寄付があった栃木県の2億2,400万円、2位が岡山県の1億800万円であった。ふるさと納税件数では鹿児島県が最多の788件、福井県475件、大阪府446件であった。 2022年7月には制度利用によるふるさと納税金額が過去最高の約8,300億円を記録している。菅義偉は「ふるさととの絆を大切にしたい」との思いを形にするために自身が総務大臣の時に提唱したことに触れ、「各自治体の創意工夫を促し、地域活性化に欠かせない制度です。日本全国にさらに連帯の輪が広がることを願います。」と述べている。
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