下院暗殺調査特別委員会の分析(1979年)
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「ケネディ大統領の検死」の記事における「下院暗殺調査特別委員会の分析(1979年)」の解説
詳細は「アメリカ合衆国下院暗殺調査特別委員会(英語版)」を参照 アメリカ合衆国下院暗殺調査特別委員会(英語版) (United States House Select Committee on Assassinations; HSCA) には、ベセスダ海軍病院で行われたオリジナルの検死写真・X線写真を評価し、当時作業に携わった検死医たちに信憑性を審問するという独自目的を持つ、法医学パネル(内部委員会)があった。この内部委員会と下院暗殺調査特別委員会は、当時の証拠を用いていくつかの医学的結論を出している。 下院暗殺調査特別委員会が出した最大の法医学的結論は、「ケネディ大統領は背後から散弾銃2発で狙撃された」"President Kennedy was struck by two rifle shots fired from behind him" というものだった。委員会は2人目の狙撃者がいたという音響的証拠を見つけたものの、この狙撃者は大統領の負傷に関与しておらず、従って検死結果と無関係であると結論付けた。 委員会の法医学パネルには9人のメンバーがおり、うち8人はアメリカ合衆国の主要地区で主任検死官を務める人物であった。彼らが担当した検死は全員合わせて10万件以上にわたったが、下院暗殺調査特別委員会は医学的に証拠を評価する上で、これらの経験の蓄積を貴重なものと考えていた。法医学パネルに求められたのは、大統領の死因判別、また創傷の性状・部位評価において、検死時に撮影されたX線写真・検死写真を吟味することであった。 特別委員会はまた、法医学的証拠の信憑性を評価するため専門家を雇った。クラーク・パネルやロックフェラー委員会はどちらも、X線写真や検死写真が信憑性に値するのか評価できていなかった。長年にわたって検死写真やX線写真に生じている数多の問題を鑑みて、特別委員会は信憑性の評価こそ調査の最重要な点と考えていた。特別委員会は、法歯学者・法医人類学者・放射線科医などで構成された写真学的証拠パネルの手助けを得て、検死写真やX線写真の信憑性評価を実施した。これらの専門家からは2つの疑問が投げかけられた。 アメリカ国立公文書記録管理局に保存されている検死写真・X線写真は、明確にケネディ大統領のものと言えるのか? これらの検死写真・X線写真が1枚でも改竄されたという証拠はあるのか? 検死写真の対象が本当に大統領であったのかどうか判断するため、法医人類学者たちは、生前の大統領の写真と検死写真を比較した。比較は測定学的側面と形態学的側面の両方から行われた。前者では、写真を通じて顔のあらゆる特徴を測定した。後者では身体的特徴の一貫性を検証したが、その中心は鼻の形や顔の輪郭線など、個人の特徴をよく表すとされるパーツであった(本人固有の特徴が特定されたところで、検死前後の写真を比較し、同一人物であることを確認した)。人類学者たちは更に、生前に撮られた大統領のX線写真と、検死時のものも比較した。生前・死後のX線写真双方から特定された解剖学的特徴は、検死時のX線写真がケネディ大統領のものと結論付けるには充分な量であった。法歯学者たちの結論も同一であった。ケネディの歯も含めて検死中に撮影された多数のX線写真と、本人のデンタルレコードを使用し、X線写真は大統領のものと判定された。 法歯学者・人類学者たちが検死写真・X線写真は大統領のものと判定した直後、写真学者(英語版)や放射線科医が、オリジナルの検死写真、ネガフィルムやスライド、X線写真に対して、改竄がないか検証を始めた。彼らは写真やX線写真が改竄されたという証拠はないと結論付け、法医学パネルが出したこれらの結論を元に、特別委員会は検死時の写真・X線写真は証拠として有効であると判断した。 検死写真とX線写真の調査が主に原本の分析に基づいていた一方で、法医病理学パネルは、関係者たちの証言も洗い出すことができた。更に、パネラーが要求した検査や証拠分析は全て実施された。法医学パネルが得た証拠を全て吟味するまで、結論は出されなかった。 法医病理学パネルは、ケネディ大統領は2発の銃弾に狙撃されたが、どちらも背後から射出されたものだと結論付けた。パネルはまた、大統領は「背後の上右方から入って喉の前面に抜けた銃弾1発、つむじ付近の右側頭部から入って右頭部の前方へ抜けて行った1発」で狙撃され、「2発目の銃弾が出口付近で大統領の頭部に大きな損傷を与えた」と述べた ("one bullet that entered in the upper right of the back and exited from the front of [his] throat, and one bullet that entered in the right rear of [his] head near the cowlick area and exited from the right side of the head, toward the front" / "this second bullet caused a massive wound to the President's head upon exit.")。加えて、頭部前方から銃弾が入ったという証拠はなく、そのような銃弾がケネディに当たった可能性も、当たったが証拠を残さなかった可能性も乏しいと結論付けた。 この結論はザプルーダー・フィルムで捉えられていた大統領の動き(狙撃後、頭を後ろに反らしている)と矛盾していると考えられたため、特別調査委員会は創傷弾道学の専門家へ諮問し、弾丸が飛んできた方向とその後の頭部の動きに関係があるならばそれを鑑定してほしいと求めた。この専門家は、大統領の頭部を撃ち抜いた弾丸による神経損傷で背筋が収縮しうるほか、その結果頭部が後屈しうる、と結論付けた。さらにヤギの銃撃などの実験を行い、それを録画して証拠として示した。この結論を得て、特別調査委員会は、ケネディ大統領の頭が後屈した現象については、後方から狙撃された事実と根本的には矛盾していないと判断した。 下院暗殺調査特別委員会は、ベセスダ海軍病院で行われた検死そのものと、得られた証拠の扱いについていくつか批判を述べた[要出典]。 「頭部創の射入口が不正確に記述されていた」(the "entrance head wound location was incorrectly described.") こと。 検死報告が「不完全」("incomplete") であり、写真への参照がないまま作成されているほか、大統領背部の銃創の射入口を含め多くの「不正確性」("inaccurate") が見られること。 「背部と頸部前面の射入口・射出口は、メルクマールできちんと場所が特定されておらず、互いの位置関係も表されていない」(The "entrance and exit wounds on the back and front neck were not localized with reference to fixed body landmarks and to each other".) こと。
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