リサーチプログラム
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/03/21 22:32 UTC 版)
「ラカトシュ・イムレ」の記事における「リサーチプログラム」の解説
ラカトシュの科学哲学における業績は当時存在したポパーの反証主義とクーンの記述した科学革命の構造との論争を解決しようとしたことである。しばしば(不正確に)伝えられるポパーの理論は(人口に膾炙している限りでは)、科学者は一つでも反証する証拠が見つかれば即その理論を放棄してすぐに、徐々に「より大胆により強力に」なっていく新しい仮説を採用すべきだ、ということになっている。しかし、クーンは、多くの期間が科学者が変則的な事態に直面しても理論を保持し続ける通常科学の時期であり、点在して概念が大きく変わる時期が存在しているものとして科学を記述している。ポパーは、優秀な新しい理論が明らかに経験によってよく支持されているより古い理論と矛盾することがあることは認める。例えば、ポパーは「客観的知識――進化論的アプローチ」 で「惑星間の引力を考慮に入れるならニュートンの理論やケプラーの法則は大まかなところ確かであるに過ぎない―つまり、厳密には確かでない―」から、(精確に言えば)ニュートンの理論はケプラーの第3法則共々間違っていると指摘している。しかし、クーンが、よい科学者は理論に反する証拠を無視したり考慮しなかったりすると暗に言ったのに反して、ポパーは、反例が存在するならばそれを説明するかあるいは最終的に理論を修正しなければならないと考えた。ポパーは科学者の実際の振る舞いではなくて科学者のあるべき振る舞いを示していた。クーンは主に実際の振る舞いを示していた。 ラカトシュは、こういった矛盾する観点を調和させるような方法論、科学的発展を合理的に説明し、歴史的記録と矛盾しないような方法論を求めた。 ラカトシュにとって、人が「理論」だと考える物は実際のところ、彼が「ハードコア」と呼ぶ、いくつかの一般的な考えを共有する少しずつ異なった理論や長い年月をかけて発展してきた実験技術の連続体であったのかもしれない。ラカトシュはこうした連続する集まりを「リサーチプログラム」と呼んだ。なんらかのプログラムに係る科学者は理論的なコアを反証の試みから「補助仮説」の防御帯によって守ろうとする。 ポパーが一般的にはこうした方法を「アドホック」だと謗っていたとみなされているのに反して、ラカトシュは、防御帯の適用・発展はリサーチプログラムの発展にとって必ずしも悪いことではないと示そうとした。仮説が正しいか間違っているかを問う代わりに、ラカトシュはあるリサーチプログラムが他のものより優れているかを問うよう人々に求めたので、特定のリサーチプログラムを選好する合理的根拠が存在する。彼は、あるリサーチプログラムが「前進的」で対立するリサーチプログラムが「退行的」だとみなせる場合が存在することを示した。「前進的リサーチプログラム」はそれによる驚くべき新たな事実の発見や新たな実験技術の発展、より正確な予測などを伴った成長によって特徴づけられる。「退行的リサーチプログラム」は成長の欠如、つまり新たな事実を導くことのない防御帯の成長によって特徴づけられる。 ラカトシュは、自分はポパーの思想を拡張した(また、ポパーの理論はそれ自体徐々に発展してきた)と主張した。彼は、「ポパー」、ポパーの著作を理解していない批判者や追従者の心の中だけに存在する不完全な反証主義者、「ポパー1」、ポパーの実際の著作の作者、および「ポパー2」、弟子であるラカトシュが解釈しなおしたポパーの三者を対比させているが、多くの評論者はポパー2はむしろラカトシュ自身の姿だと信じている。連続的な発展によって一方が「前進的」で他方が「退行的」だと示せるのに反してある特定の時点では二つの理論もしくはリサーチプログラムのどちらがより優れているか示せないことがしばしばあるという考えは科学哲学及び科学史に対する大きな業績である。これがポパーの考えであるのかラカトシュのアイディアであるのか、あるいはもっともありそうなことだが二人のコンビネーションであるのかといった問題は重要ではない。 ラカトシュは、人はいつでも批判を別の理論または理論の一部に向けなおすことで大事な理論または理論の一部を敵対的な証拠から防護することが可能であるというピエール・デュエムの考え(デュエム-クワイン・テーゼを参照)に従っている。この反証主義との違いは後にポパーの知るところとなった。 反証主義(カール・ポパーの理論)は、科学者が理論を唱え、自然が理論と矛盾する実験結果という形で「否と叫ぶ」ということを主張した。ポパーによれば科学者が自然の拒否に直面しても理論を保持するのは非合理的なことであるが、これはクーンが科学者たちが実際行っていると述べたことである。しかしラカトシュにとって、「我々は理論と自然が否と叫ぶということを主張したのではなくてむしろ理論の迷宮と自然が非合理だと叫ぶと主張したのだ」。持っているリサーチプログラムの全体を放棄せずともハードコアは残して補助仮説を取り換えることでこの非合理性は解消できる。 例を挙げるとニュートン力学の3法則がある。ニュートン力学(リサーチプログラム)においてニュートンの3法則はプログラムのハードコアであるから反証に対して開かれていない。このリサーチプログラムによって、そのリサーチプログラムに関わるものが共有していると想定される根本的原理を不断に参照しながら、この根本的原理を断続的に防護することに煩わされることなく研究を行えるような枠組みが与えられる。この点ではクーンのパラダイム論と同じである。 また、ラカトシュは、リサーチプログラムは方法論的規則、つまり、あるものは避けるべき研究方法を指示し(彼はこれを「ネガティヴ・ヒューリスティック」と呼んだ)、またあるものは追求すべき研究方法を指示する(彼はこれを「ポジティヴ・ヒューリスティック」と呼んだ)ようなものを含むという考えをとった。 ラカトシュは、リサーチプログラムに含まれる補助仮説のいかなる変化(ラカトシュはこの変化を「プロブレムシフト」と呼んだ)も等しく可能だというわけではないと主張した。彼は、「プロブレムシフト」は明らかな反例を説明する能力と新しい事実を作り出す能力の両方によって評価できるという考えをとった。それができるならそのプロブレムシフトは前進的だとラカトシュは主張した。しかしながら、それらができないならばそのプロブレムシフトは「アドホック」であって新しい事実を予測することができないので、ラカトシュはそれらを退行的であるとした。 ラカトシュは、リサーチプログラムが前進的であれば、科学者が例外に直面した際にリサーチプログラムを手放さないために補助仮説を変更し続けることは合理的であるという考えをとった。しかし、リサーチプログラムが退行的であれば、そのリサーチプログラムは競争相手からの危機に瀕している。つまり、退行的リサーチプログラムはより良い(つまりより漸進的な)リサーチプログラムに取って代わられることによって「反証され」うる。これが、クーンの言う、彼が革命と見なした歴史上の時点で起こることおよび単なる信念の跳躍に対して反対者より理性的であらしめるものである(ラカトシュはクーンがこう考えたとみなした)。
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