ゲラシウス1世とは? わかりやすく解説

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ゲラシウス1世 (ローマ教皇)

(ゲラシウス1世 から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/01/18 08:51 UTC 版)

ゲラシウス1世
第49代 ローマ教皇
教皇就任 492年3月1日
教皇離任 496年11月21日
先代 フェリクス3世
次代 アナスタシウス2世
個人情報
死去 496年11月21日
東ゴート王国ローマ
その他のゲラシウス
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ゲラシウス1世(Gelasius I, ? - 496年11月21日)は、第49代ローマ教皇(在位:492年 - 496年)。

カトリック教会で3人目のアフリカカビリア)出身の教皇であり、史上初の黒人教皇だったとする見方もあるが、証明はされていない。前任者のフェリクス3世に直接教皇文書の作成のために雇われた。

世界を支配する最高の地位は司教の権威と皇帝の権力であるとする、いわゆる「両剣論」を示した。ゲラシウスによれば、両権力は並立・補完しあうものであるが、司教の権威がより上位にあるとされる。


ゲラシウス1世

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/06/12 03:24 UTC 版)

両剣論」の記事における「ゲラシウス1世」の解説

ゲラシウス1世は494年東ローマ皇帝アナスタシウス1世宛てた書簡で、この世統治する二つのものとして「司祭聖なる権威と王の権力」があると説いた教皇ゲラシウス1世は俗教権がともに神に由来する述べ、聖界の普遍的支配者としての教皇俗界普遍的支配者としての皇帝並列的に存在していることを論じた。ただしゲラシウス1世は一方で教権帝権の上位にあることを論じているから、俗教権は完全に並列的であると考えられていたわけではない彼によれば、「政治的支配をする」王は「権力」 (potestas) を持つのに対し教皇権威 (auctoritas) を持っているのだが、後者こそが完全な主権のである。。この両剣論その本来的な意図においては教権帝権相補的役割期待したものであった

※この「ゲラシウス1世」の解説は、「両剣論」の解説の一部です。
「ゲラシウス1世」を含む「両剣論」の記事については、「両剣論」の概要を参照ください。

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