人魂
★1a.死の直前あるいは死の数日前に、人魂が身体から出て行く。
『温泉だより』(芥川龍之介) 秋彼岸前のある暮れ方、女が、屋根の上を飛ぶ火の玉を見る。縁台に腰かける大工の半之丞にそのことを話すと、半之丞は「あれは今おらが口から出ていっただ」と言う。それから幾日も立たぬ彼岸の中日に、半之丞は自殺する→〔温泉〕3。
『曾根崎心中』 お初・徳兵衛は、曾根崎の森へ死出の道行きをする。2つ連れ飛ぶ人魂を見て、2人は「あれこそ、まもなく死ぬ自分たちの魂だ」と悟る〔*→〔星〕2aの『マッチ売りの少女』(アンデルセン)に類似〕。
『耳袋』巻之10「人魂の起発を見し物語の事」 日野伊予守資施が若年の頃、夕暮れ過ぎに、重病で臥す家来の長屋の門口に、蝋燭の芯を切ったくらいの大きさの火が落ちているのを見た。その火は次第に軒口あたりまで上がり、茶碗程に大きくなった。その夜、家来は死去した。
『和漢三才図会』巻第58・火類「霊魂火(ひとだま)」 たまたま自身で、身内から魂の出て行くのを知った人があり、「物が耳の中から出て行く」と言った。日ならずしてその人は死んだが、あるいは10日余りして死ぬ場合もある。しかし死ぬ者のすべてから、魂が出て行くわけではない。畿内の繁華の地では1年に幾万人も病死するが、人魂の火が飛ぶのは、10年のうちにただ1~2度見るだけである。
*魂を耳から体外へ押し出す→〔耳〕2の『太平広記』巻327所引『述異記』。
*聖フランキスクスの魂が星になるのを見たというのは、人魂を見たということなのだろう→〔星〕4aの『黄金伝説』143「聖フランキスクス(フランチェスコ)」。
★1b.死の何ヵ月か前、時には一年以上も前に、人魂が身体から出て行くこともある。
『更級日記』 菅原孝標女が50歳の8月、夫橘俊通が任国信濃へ下向するのを送った家人らが戻り、「暁に、大きな人魂が京の方へ飛んで来た」と報告した。「供人の人魂だろう」と孝標女は思っていたが、翌年の10月に夫橘俊通は病死した。
『漱石の思い出』(夏目鏡子) 大正5年(1916)、夏目漱石死去の半年ほど前のこと、春の終わりか夏の初め、人魂が家の屋根から飛んで出たので、家族は気味悪がった。
『とはずがたり』(後深草院二条)巻1 文永8年(1271)8月下旬の夜の丑の時頃、御所に青白い人魂が10個ほどあらわれた。尾は細長くおびただしく光り、上下に飛んだ。「後嵯峨院の御魂である」との占いがあり、9月に入って院は発病、翌文永9年2月17日に、53歳で崩御された。
『平家物語』巻3「医師問答」 治承3年(1179)の夏頃、平重盛は父清盛の無道の振舞いに心を痛め、「父の悪心をひるがえすことが叶わぬなら、我が命を縮めよ」と熊野本宮に祈った。すると燈籠の火のようなものが身体から出て、ぱっと消えた。その年の秋8月1日に、平重盛は43歳で死去した。
*死の2ヵ月前に生霊が目撃された、という話もある→〔百物語〕1の『百物語』(岡本綺堂)。
*→〔水鏡〕3dの『高岳親王航海記』(澁澤龍彦)「鏡湖」も、すでに身体から影(=魂)が抜け出ており、抜け殻の状態で生きていたということであろう。
『現代民話考』(松谷みよ子)4「夢の知らせほか」第2章の1 昭和21年(1946)3月。雄勝町は細長い町だが、火の玉の行列がぞろぞろ、毎晩のように寺へ行く。おかしいなと思っていたら、23日、金華丸という連絡船が沈没して、雄勝の人が大勢死んだ。寺への葬式の行列は、町のはじからはじまで続いた。埋葬が終わったら、火の玉はばったり出なくなった(宮城県桃生郡雄勝町)。
『二つの光』(イギリス昔話) 牧師が、夜の墓地の一角にゆらめく光を見る。光は動き出し、森を抜け丘を上って、一軒の農家の戸口に入る。しばらくして光は、もう1つの光をともなって現れ、前と同じ道筋をたどって、ある墓の所で消える。それは丘の上の農家の先祖代々の墓であり、その夜、農家の子供が病気で死んだことを、牧師は知った。
★3.にせの人魂。
『樟脳玉』(落語) 最愛の妻を亡くして悲しむ男から金品を騙し取ろうと、悪人が樟脳玉に火をつけて、にせの人魂を作る。悪人は、にせの人魂を男に見せ、「おかみさんの念がこの世に残っているから、何か寺に供養するのが良い」と勧める。男は、それなら亡妻が大事にしていた雛人形を納めようと、箱のふたを開けて「ああ」と嘆声を発する。「女房は、このお雛様に思いを残していたのだ。魂の匂いがする」。
*死後に飛ぶ人魂→〔二人妻〕4bの『悋気の火の玉』(落語)。
*ある人は「人魂」と思い、ある人は「蛍」と思う→〔蛍〕4の『感想』(小林秀雄)1。
*→〔魂〕に関連記事。
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