『新ヨーロッパ大全』
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「エマニュエル・トッド」の記事における「『新ヨーロッパ大全』」の解説
1990年、焦点を西ヨーロッパに絞り、家族型の他に識字率と宗教を主要な要素として織り込んだ大部の著書、『新ヨーロッパ大全』 (L'Invention de l'Europe) を著した。西欧を 483 の地域に分け、それぞれについて家族型を特定し、得られた分布図を元に、識字率、農業形態、自殺率、非嫡出率、キリスト教の形態、イデオロギーなどの分布を重ね合わせ、「第三惑星」よりも遙かに緻密な分析を提示した。 西欧の基本的な家族型は、絶対核家族、平等主義核家族、直系家族、外婚制共同体家族の四種であり、これをトッドは親子関係と兄弟関係に従って以下のように分類した。 親子関係自由権威兄弟関係平等自由・平等平等主義核家族 権威・平等外婚制共同体家族 非平等自由絶対核家族 権威・不平等直系家族 ここで非平等とは、平等への無関心(絶対核家族)と積極的な不平等(直系家族)を含む用語である。 ヨーロッパの宗教改革は、家族型、識字率、およびローマからの距離に基づいて決定された。プロテスタントの教義は、直系家族に最も強く訴えるものであった。予定説での権威的で不平等な人間の扱いは、権威的な親子関係と不平等な兄弟関係を持つ直系家族と一致するのである。このため、宗教改革の中心はドイツ北部であった。バイエルン州やオーストリア、スイスはローマに近いために、またアイルランドやスペイン北部は識字率が低いために、直系家族にも関わらずカトリックにとどまった。イングランドやオランダは絶対核家族であり、親子関係は権威的ではないが、平等への無関心、比較的高い識字率、ローマからの遠さにより、プロテスタントに移行した。しかし予定説は捨てられ、自由意志を尊重するアルミニウス主義を取った。 一方、自由で平等な平等主義核家族の地域では、キリスト教そのものに無関心になっていった。この脱宗教化は、フランス北部、スペイン中南部、ポルトガル南部、イタリア南部で 1730年頃から始まっている。これはミサ出席率の低下として計測される。フランス北部を除き、これらの地域の識字率は極めて低かった。従って、近代化とは無関係に脱宗教化が起きたのである。プロテスタント地域の脱宗教化はずっと遅れて 1880年頃から始まっている。これは、1859年に出版されたダーウィンの『種の起源』が聖書の創造論を否定したことによる。 これらと出産率を組み合わせることで、トッドは近代が始まったのが実際に西欧であることを示した。近代とは、識字化と脱宗教化であり、これが受胎調整とイデオロギーの誕生を引き起こす。ヨーロッパにおいて常に識字率上昇の先頭にいたのはドイツとスウェーデンであるが、脱宗教化は遅れた。一方、脱宗教化の先頭にいたのは平等主義核家族の地域である。両者が交差するのがフランス北部であり、世界に先駆けて女性の出産率低下が 1770年頃から始まる。1789年に始まるフランス革命は、世界最初のイデオロギー的爆発に他ならない。 トッドはまた、イデオロギーも家族構造に影響されていることを示した。 家族型基本的価値イデオロギー社会主義民族主義反動的宗教平等主義核家族自由と平等 無政府主義 自由軍国主義 キリスト教共和主義 直系家族権威と不平等 社会民主主義 自民族中心主義 キリスト教民主主義 外婚制共同体家族権威と平等 共産主義 狭義のファシズム - 絶対核家族自由 労働党社会主義 自由孤立主義 - 自由軍国主義とは、ボナパルティスムやブーランジェ運動を指す。 直系家族は、縦型の組織を生み出す。スウェーデン社会民主労働党が典型である社会民主主義は、平等な労働者を作るのではなく、労働組合を頂点に持ってくるものである。自民族中心主義の典型はナチズムである。 外婚制共同体家族の民族主義は狭義のファシズムであり、イタリアのファシスト党を指す。ナチズムと異なり、絶対的な序列を作り出さず、連帯を重視する。これは共産主義と通底する考えである。 労働党社会主義とはイギリスの労働党が典型であり、社会の変革を望まず、階級としての労働者を維持するものである。 自由孤立主義はイギリスの栄光ある孤立やアメリカのモンロー主義を指す。
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