有害図書 日本

有害図書

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/09/03 05:52 UTC 版)

日本

概要

日本では青少年保護育成条例に基づいて、都道府県知事(県として有害図書指定制度がない長野県では一部の市町村長)が「成人向けマークの付いていない書籍」を対象として個別指定する[注 1]。指定を受けたら、書店では包装(多くはビニールシュリンクパック)した上で成人専用コーナーに陳列し、青少年(18歳未満の者)に対しては売ってはならないことになっている(都道府県により陳列方法などの詳細は異なる)。

わいせつ物頒布罪刑法175条)により全面的に頒布が禁止される「わいせつ物」とは違い、18歳以上の者への販売は禁止されない。また、条例に基づき自治体が指定するという点で、出版社の自主規制により成人向けマークが付けられる通常の「成人向け漫画」などとも異なる。

日本全国では年間、延べ数百冊の書籍が有害図書に指定されているが、年に数十冊ほど指定する自治体がある一方で、個別指定を事実上行わない自治体も多く、地域によってかなり運用に差がある[3]。なお、東京都の条例では「不健全図書」という名称を用いている。

有害図書は自治体の条例によって指定されるので、その法的効力は原則的に各自治体の領域内にしか及ばないが、東京都による不健全指定は、出版倫理協議会Amazon.co.jpにおける自主規制の基準となっているため、全国的な影響力を持っている(後述)。2010年代後半以降は不健全指定図書の大半がボーイズラブ作品となっており[4]参議院議員山田太郎は、こうした青少年健全育成を理由としたBLの規制に危惧を表明している[5]

東京都青少年の健全な育成に関する条例での指定対象を例示すると、「図書類又は映画等で、その内容が、青少年に対し、著しく性的感情を刺激し、甚だしく残虐性を助長し、又は著しく自殺若しくは犯罪を誘発するものとして、東京都規則で定める基準に該当し、青少年の健全な成長を阻害するおそれがあると認められるもの」(第8条1項1号)となっている。2011年7月1日以降は、漫画アニメ [注 2]などで「強姦等の著しく社会規範に反する性交又は性交類似行為を、著しく不当に賛美し又は誇張するように描写し、又は表現する」ものも不健全図書指定の対象となる(第8条1項2号)。

有害図書の指定に当たっては、出版物本体にあたる印刷物だけでなく付録として添付されるCD-ROMなどの中身も審査の対象となるため、一時は本誌には性的な内容が全く含まれないパソコン雑誌が「付録CD-ROMの中に性的な画像が記録されている」という理由で有害図書指定される例も相次いだ。このため出版社によっては、成人向け雑誌部門を別会社として切り離したり、有害図書指定取り消しを求める訴訟に発展するケースも見られた(後述)。

一部の都道府県ではコンピュータゲームソフトも有害図書制度の対象とされており、神奈川県では『グランド・セフト・オートIII』が有害図書に指定されている(その後、大阪府などいくつかの都府県でも指定された)。

流通業界の対応

有害図書に指定された書籍(「完全自殺マニュアル」(鶴見済)など)は、一部の書店で陳列販売されていない。小さな書店では、区分陳列のスペース確保と年齢認証の煩雑さなどから取り扱わず、顧客の注文で出版取次から取り寄せるケースとなる。

Amazon.co.jpにおいては、東京都によって不健全指定された書籍の取り扱いを規約で禁止しており[6]、該当する書籍はAmazonのウェブページから削除される[7]。また、鳥取県の条例では県外の事業者も規制対象としており、鳥取県で有害指定された書籍がAmazon.co.jpで販売停止となった事例がある[8]

その一方、不健全指定や有害指定自体は販売を全面禁止するものではなく、あくまでも青少年への販売を規制するものに過ぎないため、Amazon以外のECサイトでは『成人向け商品』として販売が継続されているケースが多い。なお、東京都により不健全指定された書籍のタイトルは東京都のウェブサイト上の不健全指定図書類一覧で確認できる。

出版業界の主要4団体が1963年昭和38年)に設立した出版倫理協議会では、1965年(昭和40年)に自主規制ルールとして「東京都の不健全図書(有害図書)として連続3回、もしくは1年間に5回以上指定された雑誌は、特別な注文等がない限り取次業者では扱わない」というルールを定めており[9]、そのためこのルールに該当した出版物は事実上書店での販売が困難となる。その場合出版社は成人向けに限定した形でアダルトグッズショップや直接販売などの通販・チャンネルで販売を継続するか、もしくは廃刊・絶版するかの選択を余儀なくされることがある。

また、大手コンビニチェーンや書店の中には「前記の取次停止ルールに該当する出版物を発行している出版社の出版物は、有害図書指定されていない他の出版物も含めて一切取り扱わない」という方針を示しているところもあり、そのためコンビニ販売が主力となる雑誌類を抱えている出版社の中には、万が一の事態に備えて成人向け雑誌・書籍部門を別会社として本体から切り離す動きも見られる(例:毎日コミュニケーションズMCプレス)。

フリーマーケットサイトのメルカリでは、有害図書・不健全図書を含め、成人向け作品全般の出品を禁止しているが[10]、有害図書・不健全図書には成人向けマークが付いていないため、出品者が事前に気づくことが難しいという問題がある。

最高裁における合憲判断

青少年保護育成条例における有害図書指定制度は、青少年の健全な育成を目的に、性や暴力に関して露骨な描写を含んだ書籍などを「有害図書」などに指定することで、青少年への販売を禁止するものである。これは明らかに青少年の「知る権利」を制限するものであるから、日本国憲法第21条との関係でその合憲性が問われることになる。これが実際に問題となったのが「岐阜県青少年保護条例事件」(最高裁判所平成1年9月19日第三小法判決 刑集43巻8号785頁)である。最高裁は、悪書が「青少年の健全な育成に有害であることは、既に社会共通の認識になっていると言ってよい」とし、またその目的達成のためにはやむを得ない規制であるとの理由からこの条例は合憲であるとした[11]。これには「有害図書」と青少年の非行が安易に結びつけられているとの批判がある[12]伊藤正己裁判官による補足意見もその点を指摘している(有害図書の規制が合憲であるためには、『青少年非行などの害悪を生ずる相当の蓋然性』があることが必要とコメントしている。ただし、結論としては本条例の合憲性を認めている)[11]

有害図書規制の進展

以下では、有害図書法制に関する歴史と、特筆すべき有害図書指定の事例について取り上げる。ここに挙げられている有害図書の例は全体のごく一部であり、この他にも各都道府県(長野県の場合は一部の市町村)によって多数の書籍が有害図書に指定されている[3]。なお、指定対象となった書籍のタイトルなどは、各地方自治体の青少年担当課のウェブサイトなどで確認できる[注 3]

さらに図書選定制度や青少年保護育成法案を提唱、実質的な検閲を要求するまでにいたる。出版社側は連名でこれに反発する。この悪書追放運動は、その後も止むことなく、1950年代の後半まで続いた。
1955年昭和30年)の悪書追放運動の直接的な所産としては、北海道(1955年)、福岡県(1956年)、大阪府(1956年)に青少年保護育成条例が制定され[14]、有害図書が規制された。

宝島社訴訟

2000年平成12年)には、宝島社のパソコン雑誌『DOS/V USER』『遊ぶインターネット』の2誌が、付録CD-ROMの中にアダルト映像を含んでいるという理由で、東京都から3回連続で不健全図書指定を受けた。これに対し宝島社は同年11月、「不健全図書制度は日本国憲法の定める表現の自由を侵害している」という理由で不健全図書指定の取り消しを求める行政訴訟東京地方裁判所に起こした。

2003年(平成15年)9月、東京地裁は「青少年保護のためには知る権利に一定の制約も必要」として同社の請求を棄却する判決を言い渡した。これを不服とした宝島社は東京高等裁判所に控訴したが、翌2004年(平成16年)6月、東京高裁は控訴を棄却。宝島社はこれに対して上告を行わず、不健全図書指定の取り消しはならなかった。

また、宝島社は不健全図書指定に対抗する目的で一時休刊に追い込まれていた前記の2誌を2001年(平成13年)4月より直販の形で復刊させたものの、採算ラインを大きく割り込み続ける結果となり翌年には再び休刊を余儀なくされた。


注釈

  1. ^ 審議会で個別に指定する方法のほかに、東京都と長野県以外では、一定の基準を満たした図書を自動的に有害図書とみなす「包括指定」という制度もある[1]。また、一部の自治体では、業界団体が成人向け指定した映像コンテンツやゲームソフトなどを有害図書類とみなす「団体指定」の制度を設けている[2]
  2. ^ 他の道府県では、東京都のように明文化はされていないものの栃木県石川県三重県兵庫県宮崎県ではマルドゥックスクランブル圧縮(アニメ映画、R18+)を、福井県ではノ・ゾ・キ・ア・ナ(OVA、R18+)、長崎県ではマルドゥックスクランブル圧縮とふたりエッチ LESSON.1(OVA)を有害図書等に指定している。
  3. ^ 東京都が指定した不健全図書は、東京都のウェブサイト上の不健全指定図書類一覧で確認できる。

出典

  1. ^ 文部科学省. “都道府県の青少年保護育成条例における有害図書類等の指定等に関する規定について”. 2020年8月5日閲覧。
  2. ^ 内閣府. “都道府県条例による図書類有害指定方法”. 2020年8月12日閲覧。
  3. ^ a b 内閣府. “都道府県条例による有害指定状況一覧(図書)”. 2021年4月12日閲覧。
  4. ^ 東京都. “不健全指定図書類、不健全指定がん具類・刃物一覧”. 2022年4月2日閲覧。2019・2020年度はBL作品が約8割、2021年度はBL作品が約9割を占めている。
  5. ^ RAKUJOB. “スペシャルインタビュー企画・山田太郎参議院議員に聞く!(前編):BLも違法に?!「表現の自由」はいかに危機に瀕しているか。”. 2021年2月25日閲覧。
  6. ^ Amazon.co.jp ヘルプ: 商品登録ルール
  7. ^ "不健全図書"指定で話題の「妹ぱらだいす!2」がKindleコミックランキング2位に浮上ねとらぼ 2014年5月14日
  8. ^ a b ねとらぼ. “「公権力による“暴力” そのものでは」 鳥取県の有害図書指定でAmazonが販売停止、出版元が抗議”. 2022年8月27日閲覧。
  9. ^ 「帯紙措置」および「要注意取扱誌」の実施 - 日本雑誌協会 日本書籍出版協会50年史・p.142
  10. ^ メルカリ. “18禁、アダルト関連(禁止されている出品物)”. 2022年8月26日閲覧。
  11. ^ a b 最高裁判所第三小法廷判決 1989年9月19日 、昭和62(あ)1462、『岐阜県青少年保護育成条例違反被告事件』。
  12. ^ 田中祥貴「青少年保護とその周辺」『長野大学紀要』31巻2号、2009年、77-85頁
  13. ^ a b 年表―出版界 - 出版ニュース社 - ウェイバックマシン(2011年10月7日アーカイブ分)
  14. ^ a b c d e 奥平康弘『青少年保護条例・公安条例』学陽書房1981年ISBN 9784313220072
  15. ^ 山本夜羽「日本でのマンガ表現規制略史(1938~2002)」 - ウェイバックマシン(2009年9月22日アーカイブ分)
  16. ^ 未成年による強姦犯罪統計 - ウェイバックマシン(2010年11月17日アーカイブ分)
  17. ^ 『朝日新聞』1984年3月14日(朝刊)
  18. ^ 一般社団法人 日本映像倫理審査機構「日映審(JMRC)の誕生まで」 - ウェイバックマシン(2010年10月23日アーカイブ分)
  19. ^ 1990年9月4日、朝日新聞・社説『貧しい漫画が多すぎる』
  20. ^ 本人のWebサイト - ウェイバックマシン(2016年4月5日アーカイブ分)
  21. ^ “東海村爆発物事件 爆発物マニュアル本 県内の書店で撤去の動き=群馬”. 読売新聞 朝刊 (東京): pp. 35. (2000年1月15日) 
  22. ^ 都の青少年育成条例、新基準を初適用 KADOKAWA「妹ぱらだいす!2」不健全図書に”. ITMedia. 2014年5月18日閲覧。
  23. ^ 東京都. “不健全な図書類の指定について”. 2019年12月12日閲覧。
  24. ^ 東京都. “不健全な図書類の指定について”. 2019年12月13日閲覧。
  25. ^ わいせつ画像等の流布などを禁ずる「通信品位法」に米最高裁が違憲判決
  26. ^ 『ポルノグラフィ防衛論』(ナディーン・ストロッセン)(2007/10)ISBN 9784780801057
  27. ^ Puni Puni Poemy: Banned in New Zealand





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