ぶ【舞】
まい〔まひ〕【舞/×儛】
まい 【舞】
舞
舞
舞
舞
舞
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/09/06 07:48 UTC 版)
舞(まい)は、日本の伝統芸能で用いられる語で、音楽・歌謡に伴って身体を動かすことをいうほか、舞楽の舞、能楽の舞事、曲舞・幸若舞、上方舞など、特定の芸能・演技の名称としても用いられてきた[1][2]。その意味範囲は時代・地域・芸能によって一様ではない[1][2]。
舞はしばしば踊りと対比され、舞を旋回、踊りを跳躍に特徴づける説明がある[1][3]。ただし、吉川周平は、踊りを跳躍運動とする柳田国男・折口信夫らの説明を、「ヲドリオリル」という語もあるとして批判している[4]。明治期には「舞踊」という語が現れ、1904年(明治37年)の坪内逍遥『新楽劇論』以後に一般化したと説明されている[3]。一方、逍遥以前の用例も確認されている[5]。
語義と用法
「舞」は動詞「舞う」の連用形が名詞化した語である。『古事記』の歌謡や『源氏物語』などに用例があり、中世以降には一般的な身体表現のほか、能の舞、曲舞、幸若舞などを指す語としても使われた[1][2]。
「舞」と「踊り」
舞と踊りを区別する説明の一つに、舞を「回る」動き、踊りを跳躍運動とする見方がある[3][1]。また、近世以降の用法には地域差があり、上方では比較的静かな表現や舞踊一般を「舞」、江戸では「踊り」と呼ぶ傾向があったとされる[1]。1819年頃の『浪花聞書』にも、上方の「舞」が江戸でいう「踊」に当たる一方、大勢が列をなすものは「踊」とする説明がみえる[1]。
一方、吉川周平は、柳田国男・折口信夫が「ヲドリアガル」を挙げ、踊りを跳躍に基づく動作とした説明について、「ヲドリオリル」という語もあるとして誤りだとした。さらに、盆踊りの「ボンアシ」の分析から、現在の踊りに跳び上がらない足運びがみられることを指摘し、垂直的な動作が水平化した可能性を示している[4]。少なくとも吉川の検討では、「踊り」を跳躍だけに還元する説明は成り立たない[4]。
板谷徹は、日本には「独立した舞踊史」が存在するわけではなく、「舞踊と舞踊的なるもの」の歴史があるとし、能などを舞踊史に位置づけるには、芸能全体の演技体系を舞踊の立場から検討する必要があると論じている[6]。
「舞踊」という語
「舞踊」という語は明治時代に現れた[5]。従来は坪内逍遥が1904年(明治37年)の『新楽劇論』で作った語と説明されることが多かった[5]。しかし窪田奈希左は、逍遥に先立ち、福地櫻痴が1893年の「懐往事談」と1894–1895年の「演劇秘密談」で「舞踊」を用いていたことを確認している。1893年の用例では「ええじゃないか踊り」の群衆を、1894–1895年の用例では曲節に伴う演技上の動きを「舞踊」と表現している[5]。逍遥の『新楽劇論』以後に同語が一般化したとする説明もある[3]が、窪田が示した福地の用例はそれ以前にさかのぼる[5]。
歴史と主要な領域
古代の歌舞と宮廷芸能
現行の雅楽で舞を伴う種目には、日本古来の歌と舞を基礎として儀礼用に整えられた国風歌舞と、大陸・朝鮮半島などから伝来した楽舞を日本で再編した舞楽がある[7][8]。
舞楽
現行の雅楽では、主として唐楽による左方の舞(左舞)と高麗楽による右方の舞(右舞)を合わせた楽舞の上演形式を舞楽といい、国風歌舞とは区別する[7][9]。平安時代には舞楽を単に「舞」と呼ぶ用法もあり、雅楽分野では舞踊部分を「舞」、音楽を含む全体を「舞楽」とする説明がある一方、実際の呼称は必ずしも明確に区別されない[10][9]。
中世の諸芸能
平安時代末から室町時代にかけては、寺院の延年、白拍子、曲舞、田楽・猿楽など、さまざまな芸能に「舞」と呼ばれる演技や演目がみられた[11]。
このうち曲舞は、名称に「舞」を含むものの、もとは能の一部ではなく、物語を聞かせることを主眼とする独立した謡物・音曲で、舞踊的要素は薄かったとされる。観阿弥によって能に取り入れられ、のちのクセへつながった[12]。また、中世末から近世初期の文献では、単に「舞」と記して曲舞または幸若舞を指す用法が確認できる[1][2]。
能楽における舞
能では、謡われる詞章に即して舞う部分と、謡を伴わず囃子によって舞を見せる「舞事」とが区別される[13]。舞事には序ノ舞・中ノ舞・早舞・男舞・神舞などがあり、速度、構成、役柄などに応じて使い分けられる[14]。
近世・近代の舞
近世には、歌舞伎の成立過程から舞台芸能としての歌舞伎舞踊が発達した[15]。一方、京阪では舞踊一般を「舞」と呼ぶ用法がみられた[1]。西形節子は、近代に「舞踊」という語が用いられる以前、主に関東では「踊」、関西では「舞」という表現が用いられたとし、東西いずれの日本舞踊にも舞・踊・振の三要素が含まれると述べている[16]。
上方舞は「地唄舞」とも呼ばれるが、西形は、狭義の地唄舞は地唄を伴奏とするものを指し、上方舞の伴奏には義太夫節系の浄瑠璃、長唄、端唄なども用いられるため、両者を完全な同義語とはできないとしている。また、京阪の舞がすべて座敷舞だけではないことにも注意を促している[16]。西形は、各流派の発祥はさまざまである一方、幕末に生まれた各流派には京阪の花街に根を下ろして育った共通の歴史があると述べている[17]。
上方舞の一流派である山村流では、歌舞伎舞踊と地唄舞・座敷舞の双方が伝承され、両者では重心の置き方や上演空間への対応が異なると報告されている[18]。
民俗芸能の舞
地域の祭礼や年中行事で伝承される民俗芸能には歌・舞・踊が含まれ、地域ごとの文化や信仰と関わりながら多様な形で受け継がれている[19]。日本芸術文化振興会の文化デジタルライブラリーでは、民俗芸能を神楽、田楽、風流、獅子、渡来芸・舞台芸、アイヌの芸能、琉球の芸能、諸々の芸能に大別している。同資料では、神楽や田楽の説明に「舞」が現れる一方、風流では集団で「踊る」形態が説明されている[19]。
保存と継承
文化財保護制度では、舞踊・芸能のうち歴史上または芸術上価値の高い無形の「わざ」は無形文化財として、地域社会の祭礼・年中行事などと結びつく民俗芸能は民俗文化財として、それぞれ保護の対象となる[20][21]。文化庁は、重要無形文化財について保持者・保持団体の認定、伝承者養成や公開への助成を行っており、京舞は重要無形文化財の芸能の例に挙げられている[20]。一方、民俗文化財については、重要無形民俗文化財、登録無形民俗文化財、記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財などの制度が設けられている[21]。
福田裕美は、重要無形民俗文化財の「大江の幸若舞」「水海の田楽・能舞」「能郷の能・狂言」を事例に、継承形態や芸態の変化を含む問題を検討している[22]。また、先崎智哉らは国の文化財指定を受けている民俗芸能の保存団体を調査し、公開・活用を進める際の方策の一つとして行政との連携を指摘している[23]。
脚注
出典
- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 日本国語大辞典第二版編集委員会; 小学館国語辞典編集部 編「舞」『日本国語大辞典 第二版』 12巻、小学館、2001年12月20日。ISBN 9784095210124。
- 1 2 3 4 中村幸彦; 岡見正雄; 阪倉篤義 編「舞」『角川古語大辞典』 5巻、角川書店、1999年3月10日。 ISBN 9784040119502。
- 1 2 3 4 如月青子「舞」『日本大百科全書』 21巻(第2版)、小学館、1994年1月20日。 ISBN 4-09-526121-8。
- 1 2 3 吉川 2011, pp. 23–24.
- 1 2 3 4 5 窪田 1995, pp. 57–66.
- ↑ 板谷 1978, pp. 10–11.
- 1 2 鳥居本 2007, pp. 3–5, 11–12.
- ↑ 田中 2003, pp. 49–50.
- 1 2 東儀 1989, pp. 19–22.
- ↑ 鳥居本 2007, p. 11.
- ↑ 今尾哲也「舞」『改訂新版 世界大百科事典』 26巻(第6刷)、平凡社、2014年12月1日。
- ↑ 表・天野 1987, pp. 34–36.
- ↑ 増田正造「舞」『日本大百科全書』 21巻(第2版)、小学館、1994年1月20日。 ISBN 4-09-526121-8。
- ↑ 横道 1987, pp. 335–347.
- ↑ “歌舞伎の成立、歌舞伎舞踊の発展”. 文化デジタルライブラリー. 日本芸術文化振興会. 2026年8月21日閲覧。
- 1 2 西形 1987, p. 55.
- ↑ 西形 1987, pp. 55–61.
- ↑ 山村・丸茂 2011, pp. 17–18.
- 1 2 “さまざまに伝わる民俗芸能”. 文化デジタルライブラリー. 日本芸術文化振興会. 2026年9月1日閲覧。
- 1 2 “無形文化財”. 文化庁. 2026年8月20日閲覧。
- 1 2 “民俗文化財”. 文化庁. 2026年9月5日閲覧。
- ↑ 福田 2004, pp. 19–30.
- ↑ 先崎ほか 2021, pp. 135–143.
参考文献
- 板谷徹「日本における舞踊研究の足跡――日本舞踊史を中心に」『舞踊學』第1978巻第1号、1978年、a10–a13、 doi:10.11235/buyougaku1978.1978.a10。
- 表章、天野文雄『能楽の歴史』岩波書店〈岩波講座 能・狂言 1〉、1987年。
- 福田裕美「文化財政策における民俗芸能の継承にかかわる課題についての研究――「大江の幸若舞」「水海の田楽能舞」「能郷の能・狂言」を事例として」『文化経済学』第4巻第1号、2004年、19–30頁、 doi:10.11195/jace1998.4.19。
- 窪田奈希左「「舞踊」という用語の初出と初期の使用法に関する研究――福地櫻痴を中心として」『体育・スポーツ哲学研究』第17巻第1号、1995年、57–66頁、 doi:10.9772/jpspe1979.17.57。
- 先崎智哉、十代田朗、津々見崇「民俗芸能の継承と活用に関する基礎的研究――民俗芸能の保存団体の活動に着目して」『観光研究』第33巻第3号、2021年、135–143頁、 doi:10.18979/jitr.33.3_135。
- 田中健次『ひと目でわかる日本音楽入門』月溪恒子監修、音楽之友社、2003年。 ISBN 4-276-30701-5。
- 『雅楽事典』東儀信太郎代表執筆、小野亮哉監修、音楽之友社、1989年。 ISBN 4-276-00080-7。
- 鳥居本幸代『雅楽――時空を超えた遥かな調べ』春秋社、2007年。 ISBN 978-4-393-93521-7。
- 西形節子「上方舞の系譜」『舞踊學』第1987巻第10号、1987年、55–61頁、 doi:10.11235/buyougaku1978.1987.55。
- 山村若、丸茂祐佳「お話と実演 上方舞の舞と踊りの技法――山村流の伝統とその継承」『舞踊學』第34号、2011年、16–22頁、 doi:10.11235/buyougaku.2011.34_16。
- 吉川周平「民俗舞踊における舞と踊りの核動作」『舞踊學』第34号、2011年、23–24頁、 doi:10.11235/buyougaku.2011.34_23。
- 横道萬里雄『能の構造と技法』岩波書店〈岩波講座 能・狂言 4〉、1987年。
関連項目
舞
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「ゆりキャン 〜ゆりかのキャンパスライフ〜」の記事における「舞」の解説
合コンに明け暮れる女性。ゆりかと合コンをした際に百合に目覚め、以後は女性同士の百合コンをしている。
※この「舞」の解説は、「ゆりキャン 〜ゆりかのキャンパスライフ〜」の解説の一部です。
「舞」を含む「ゆりキャン 〜ゆりかのキャンパスライフ〜」の記事については、「ゆりキャン 〜ゆりかのキャンパスライフ〜」の概要を参照ください。
舞
舞
「舞」の例文・使い方・用例・文例
- 初舞台を踏む
- 私たちは歌手が舞台に現れるのを待っていた
- 仮面舞踏会
- 舞踏会を催す
- その鳥は羽をばたつかせないで空高く舞い上がる
- 俳優として舞台に立つ
- 私は友達に病気のお見舞状を送りました
- 大きな鳥が空を舞っていた
- 舞台でペアで踊っているダンサーに感動を受けた
- 少女たちは舞台に近い所めがけて殺到した
- スピーチ・コンテストの舞台に立ったとき彼女の顔は不安にゆがんだ
- 舞台では少女1人1人が違った衣装を着ていた
- 民族舞踊
- 彼女は舞台に上るのが恥ずかしい
- 観客はその俳優をやじって舞台から引っ込ませた
- おじを見舞いに病院に行った
- 1羽のワシが谷の上を舞っていた
- 舞台照明
- その小説の舞台はベニスに設定されている
- 彼は病気の母を見舞うため1週間の休暇をもらった
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